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変えられることに気づくこと。そして、変えることをあきらめないこと。

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2021.12.4

「とんでもない、ウチの子なんか・・・」という言葉を、生まれてから今まで何度聞いたことだろう。そして、親が自分自身に対して、もしくはどこかの他人が子に対して言っていることを何度耳にしたことか。

執筆:いりえ(北橋 玲実)

子育てというのは本当に難しいものだと思います。特に第一子を育てる親はみな「初めて」を経験している真っただ中。

日々目まぐるしく起こる子どもの感情の変化や予測不能な行動。それらのうち、どれに対処すべきなのかも、そしてどう対処すればいいのかもわからない。

国も保育施設を充実させるという話はしているけれども、十分と感じている人は少ないのかもしれません。保育施設や学校に子どもを送った瞬間に安堵のため息をつく。そんな親御さんの苦労も想像できます。

一方、その学校では、細かに文書化された指導要領に従って、基本的に一律の教育がほどこされます。求めるレベルに達していない生徒は合格点をとるまでトライして、たとえどんなにイヤイヤだったとしても「良し」の判定を結果的に仰ぐことになるわけです。

かなりざっくりした描写だとは思いますが、わたしを含めて、多くの方はこういった環境の中で子ども時代を過ごしてきたのではないでしょうか。

生まれてから小学校を卒業するまでの12年間。この短い期間の中で私たちは性格や習慣、考え方、そして知識や知恵といった人としてのベースを形成してきます。(「勉強が好きになり、IQも学力も生き抜く力もグングン伸びる 最強の子育て」福島美智子 著より)

逆に言えば、この期間を過ぎてしまうと、特に性格や考え方に関しては矯正することが難しい、ということでもあります。

あなたもきっと、今のあなたの性格や考え方そのものを「変えられる!」とは思わないですよね。性格は遺伝や幼少期で出来上がって、それ以降は変えようがない。と思うこともまったく不自然ではないですよね。

もちろん、性格には正しいも悪いもありません。ですが、あなたの今の性格や考え方がいまのあなたを結果的に不幸にしているとしたらどうでしょうか。あなたの成長を阻害して、あなたの可能性を潰しているのだとしたら、あなたはどう感じますか?

最近よく言われる「自己肯定感」という言葉。似た言葉で「自信」という言葉もありますが、わたし自身、自己肯定感が高い幸せな人を増やしたいという思いを持っていることもあり、この「自己肯定感」が低いことによる人生全体への悪影響は身に沁みて実感しています。

「自己肯定感」というのは「ありのままの自分を受け入れられる感覚」のことを指しますが、この自己肯定感も先ほどから述べている、そして幼少期に大部分が形成される「性格や考え方」に含まれます。

冒頭で述べた、「とんでもない、ウチの子なんか・・・」という言葉も、人生の大部分を決め、性格を形成しつつある幼少期の子どもにとっては非常に大きな悪影響を及ぼします。

この言葉や似たような意味を含むフレーズは、子どもに対して「お前には価値がない、可能性がない」ことを否応なしに刷り込んでいきます。子ども自身は潜在的に、『自分は何をやってもどうせうまくいかない』『自分の人生なんかどうでもいい』といった発想にもなり、日々、目の前の学習や習慣形成に対して消極的になっていくかもしれません。

「いや、自分はちゃんと褒められて育ったはずだ」という方もいるかもしれませんが、ここで注意すべきことは「勉強をやったから」「賞をとれたから」褒められた、ということではあまり意味がないということ。

いわゆる「条件付きの承認」という言葉もありますが、勉強や賞などといった条件が付かない限り褒めないということは、「何かしたから価値がある/何かしないとお前には価値がない」といった意味付けをし、休みなく頑張り続けて生きがいを見出すという苦しい人生を選んでしまう人も少なくないのです。

「勉強が出来なくても賞が取れなくても、ただそこに「いる」ことに価値がある。」ということを正しく子ども自身が認識できるかが、子どもの将来(もしくは今のわたしたちの生き方)に大きくかかわってきます。

その認識が薄い、もしくは反対の刷り込みを受けて育ってきた人は、「何かしないと価値がない」と自分にむちを打ち続ける人生を送ってしまいます。

もしくは本来ある強みや可能性よりも、できなかったことや弱みばかりを見て修正しようとすることに躍起になり、日々の反省がただの自己否定や自己攻撃につながってしまうこともあります。

そして、その先にあるのは、自分を信じられずに可能性をつかめず、他人にただ振り回されるだけの人生。何かを「欲しい」と思うことさえ自分に許すことができず、日々をただ消耗しながら漫然と生きるだけの人生。

健常者でも「生きづらい」と感じる世の中なのに、障害をもって「できない」ことと日々格闘しているわたしたちが、「できない」ことを含めてありのままの自分を受け入れて、自分の可能性を肯定的に見ることがいかに難しいかは想像に難くないですよね。

さて、ここで障害という言葉が出てきたので、わたし自身の「発達障害」について少し触れようと思います。

最近はテレビやSNSでよく聞く単語になってきたとは思いますが、この発達障害、もちろん生まれたときからの障害という場合もありますが、親からの不適切な育児や学校などのいじめなどによる後天的な障害であるケースも少なくありません(「子どもの脳を傷つける親たち 」友田明美 著より)。

わたしたちの性格、考え方、そして発達障害。こういったものは、もちろんすべてではないにせよ、幼少期の10年前後の期間で形成されてくるものだ、ということがなんとなく理解いただけたかと思います。

ですが同時に、性格も考え方も発達障害も、「変えようがないもの」だというイメージを持っている方も少なくないかと思います。「自分はこういう性格だから」「自分には自信がないさ」「どうせ自分なんか・・・」という考えを、何の疑いもなく、過去も今も持ち続けて生きている人も少なくないはずです。

でも、人生全体の幸福度を左右する自己肯定感に関して言えば、変えることはできます。

それは、手前味噌ではありますが私自身やわたしのクライアントさんが示してくれています。自信がなかった転職に踏み出せたりパートナーとの関係が改善したり、他人を恐れずコミュニケーションが取れるようになるなど、「自己肯定感を上げる」ことを大人になってから実践してくださった方をたくさん目の当たりにしました。

また、発達障害にしても同じです。発達障害の診断基準は「日常生活が困っていること」も条件に含まれますが、逆に言えば日常生活が困らなければそれは「障害」ではなくなります。

日常生活、という言葉の定義も難しくはありますが、健常者であっても日常生活で何のストレスもない、という人はいないはずです。

だからこそ、「健常者と同じような暮らし」をするということを達成することは、発達障害を持っている人であったとしても不可能ではありません。

どんな人であったとしても一人で生きていくことはできませんから、手助けの内容を当事者同士で改めて話し合っておくことさえできれば、「健常者と同じような暮らし」を発達障害者が実現する可能性も広がってきます。

本人の障害特性の理解や周囲の合理的配慮をはじめとして、当事者やその周囲の人々が「落としどころ」を見つけながら寄り添い、真摯なコミュニケーションを重ねることで双方の生きづらさを解決していく、ということがあらゆるマイノリティの人の窮屈な気持ちを軽減することになるからです。

さて、今のあなたがどんな生き方をしているとしても、「変えられること」「よくすることができること」は必ずどこかにあります。なぜなら、今のあなたの生き方も、これまでのあなたが選択してきた結果だからです。

ここで被害者になって「あいつのせいで」「あの出来事のせいで」と思うことはカンタンです。でもそれではあなたは何も変えることができませんし、毎日がますますやらされ感と閉塞感で満たされていくだけです。

自分の人生を、自分のものにする。ということはすごく難しいことですが、この記事を読んで頂いて、これまでよりも「変えられることは思ったよりも多いかも」と思って頂けたのであれば、筆者にとってそれ以上の喜びはありません。

いつでも、なんでも、誰でも肯定するアスペ。Estlaughtive代表。自己肯定感育成スクールを通して「『生きづらい』を乗り越えてありのままに生きる」ための考え方を拡散中。その他にもコーチング、コミュニティ、講演会の出演、経営コンサルを行う。著書2冊はそれぞれAmazon6、7部門ベストセラーとなった。

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