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難病「ベスレムミオパチー」がわかるまで

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2022.2.28

生まれつきの病気。

そう聞いたら、赤ちゃんの時から病気が分かっていた、と思いますか?
実は、違うパターンもあります。

例えば、後から気付いたけど、生まれたときからだよね、みたいな。

コラム執筆の機会をいただきましたので、自己紹介と共に「私の病気について」と、「見つかった経緯」をお話しますね。

執筆:山口 真未 Mami Yamaguchi

『ベスレムミオパチー』って病名を、聞いたことがありますか?

おそらく多くの人が、NOと答えますよね。私も最初は覚えられなくて、手帳に書いたものを何度も見返しました。

「筋ジストロフィー」や「ミオパチー」なら、聞いたことがある方は、いるかもしれませんね。私の病気も、お仲間と思ってもらえれば、わかりやすいかも?

あまり聞きなじみのない、病気について。

少しでも「こんな人もいるのだ」という理解が広まれば、との願いを込めて…。

はじめに

自己紹介が、遅くなりました。私は、山口真未(やまぐち まみ)と言います。

身体障害者の当事者だからこそ『見える・分かる』を軸に、ファイナンシャルプランナー(FP)として活動しています。今のお仕事をするに至った経緯や想い等は、別の機会にお話をしますね。


さて、身体障害者の当事者である、ということ。私自身が、全身の筋肉の病気を持っています。

簡単に病気を説明するなら、全身の筋肉が赤ちゃんのように弱く、また老人のように脆いもの。

今は自力で歩くことができますが、外出時は転倒防止等のために、“ロフストランドクラッチ”という杖を使っています。

ちなみに、私はいつも杖の名前が言えません(笑)。この執筆時にも、ネット検索の力に頼りました。

その杖も家の中では使わずにいますが、今だけだと思っています。いずれは車イスを使う生活になり、そして寝たきりの生活へも時間の問題かも。

あくまで進行性の病気ではあるものの、緩やかな進行のため、数日や1年で大きく変わるわけではありません。ただ、ゆっくりと進行しているな、という実感はあります。

そんな私の病気ですが、今でこそ出来ない事が増えてきたものの、幼少期は本当に普通の子でした。

生まれつきの病気、と早々に診断される奇跡

私は両親にとって、初めての子供でした。おそらく平凡な一般家庭で、当時は、よくあるアパートでの暮らし。

大きくなるにつれて、首が座ってきて、ハイハイをして、歩き始めて…。そのうち、同じアパートや近所に住んでいる子たちと遊ぶことだってあります。

ここまででも、両親は特に何も思わなかったそうです。あまり誕生日の変わらない、1歳からの幼馴染もいましたが、成長を比べても特別なことはない。

ただ私が2歳の時、友達のおばあちゃんが、足の異変を指摘しました。おばあちゃん自身が、股関節を痛めていたため、気に掛けてくれたそう。

そこで初めて、両親は疑います。「何か病気があるかもしれない」と。

骨の異常か、知らず知らずのうちに、何か別の病気が…。母はそう思いながら、1つ目の病院で診察を受けたものの、異常が見つからず。

せめて、もう1つ大きな病院へ、と2つ目の大学病院で診察しました。その大学病院で、先生があれ?と疑いを持ってくれたそうです。

さらに診断に必要な検査ができる人がいないから、とわざわざ別の病院の先生まで呼んでくださいました。

検査の甲斐もあり、私は筋肉の病気と判明。

それこそ、まだ2歳の子供で軽度だった私は、見た目に現れにくかったはず。

足の異変に気付いた、友達のおばあちゃん。まだまだ珍しい病気、かつ専門外の分野で、あれ?と疑ってくださった、病院の先生。

今でも感謝しきれません。

確定診断はずっと後のこと

筋肉の病気、とわかったものの、病名は確定しませんでした。

検査の数字的に、「筋ジストロフィー」か「ミオパチー」の仲間ではある。

でも、どの型に当てはまるのかは、わからないと言われたそうです。2歳で検査の数字に表れていること、病気も遺伝性の疾患であることから、生まれつきだろう、とも。

この時、私は「生まれつきの障害者」と、肩書きが足されました。

遺伝性とは言うものの、私の家族や親戚含めて、似たような病気の人はいません。おそらく突然変異の可能性が高い。

ただ病気自体が未知の領域が多いので、確実なことは言えません。私自身、そのことは「ふ~ん」程度の認識です。

ここで、また転機が。

私には3歳、歳の離れた妹がいますが、妹自身は障害もなく健常者です。

その妹が結婚するタイミングで、妹自身の遺伝子検査をすることになりました。将来の子供のことを考えて、のことだと思います。

私が、27歳のときです。

遺伝子検査のためには、私が過去に検査した細胞等をもう一度、検査する必要がある。特に深く考えず、検査の同意書にサインしました。

願っていたことは、妹に病気の兆候がないことだけ。

幸い検査は問題なく、クリアでした。

そして、棚ぼたのような事実が。

まさかの最新の検査技術により、私の正式な病名が判明!

その病名こそ、『ベスレムミオパチー』です。

ココで初めて、確定診断が出ましたが、あくまで病名がわかっただけ。病気の原因も治療法も、未知のままです。

むしろ同じ病気の患者数すら把握されていないくらい、珍しい病気であることは、分かりました。

ずっと付き合うもの、だからこそ

私の場合は、幸い2歳で病気に気づくことができました。当然ですが、私の当時の記憶はありません。

ただ両親は、病気が治らないであろうこと、これからの未来を考えたはず。

幼少期から勉強に力を入れたり、周りの人との付き合い方も視野に入れていたと思います。

両親の強い希望、そして私自身の障害がまだ、軽い部類に入ったこと。私は障害者だと分かった上で、地元の幼稚園、公立の小学校・中学校・高校へ通うことになりました。

次回は、病気がありながらの学生生活や日常生活について、お話しますね。

1990年生まれ。障害者ファイナンシャルプランナー(FP)。生まれつき”筋ジスの仲間”と言われつつも、正式な「ベスレムミオパチー」の診断は大人になってから。高卒・障害者雇用で大手鉄道会社の事務で10年以上勤務したが、病気の悪化により退職。そこで改めて、お金の大切さに気付く。現在は、障害者だからあるお金の悩みと寄り添いたく、障害者FPとして活動中。

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