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ADHDの私が福祉とライターのダブルワークを5年間して感じたこと。

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2022.5.12

私は週に5日障害福祉の仕事をして、週に1日ライターの仕事をしています。2つの仕事を掛け持ちする生活は、そろそろ6年目に突入します。今回は、業界も職種もちがう2つの仕事をするようになった経緯や、働いてみて感じたことについてです。

執筆:森本 しおり Morimoto Shiori

はじめに

私はADHDの当事者ですが、週に5日障害福祉の仕事をして、週に1日ライターや編集の仕事をしています。2つの仕事を掛け持ちする生活は、そろそろ6年目に突入します。

よく「ADHDの人は凸凹がある」とか「向き不向きがあるから、自分に合った環境選びが大切」と言われています。ADHDの本を読むと、福祉の支援者は発達障害の人に向かない仕事として、ライターは向いている仕事として紹介されていることが多いです。

今回は、ADHDの当事者の私が福祉とライターという、業界も職種もまったくちがう2つの仕事をするようになった経緯や、実際に働いてみて感じることについてです。


ダブルワークのきっかけは、福祉の仕事が上手くいかなかったこと

私は約5年前の28歳のときに、福祉の仕事とライター、2つの仕事を掛け持ちする生活を始めました。

25歳で福祉業界に入りましたが、どうもうまくいかないことが多く、困っていました。職場でも色々と世話を焼いてくれた先輩方からも「この仕事は向いていないんじゃない?」とか「なんで辞めないの?」と言われていました。

27歳のときに発達障害と診断されて「やっぱり、自分は福祉の仕事に向いていないんだ。」と落ち込みました。主治医にも転職をすすめられましたし、ADHDの本を読んでも福祉の仕事は「発達障害の人に向かない仕事」の欄に入っていました。

福祉が向いていない仕事だとしても、何が向いているのかは分かりませんでした。「自分は何ならできるんだろう」と、これまでの人生を振り返りながら探していました。

そんなときに、職場で提出した研修レポートがすごく褒められたのです。

「文章、どこで習ったの?」や「すごく上手だね!」と言われて、管理者から話しかけられる回数が増えました。それまで職場で褒められたことがなかった私は「もしかしたら、書く仕事の方が向いているのかもしれない。」と思いました。

それで、ダメ元でライターの仕事に応募をしたのです。20社くらい応募をしましたが落ちまくり、一社に拾われるようにしてライターの仕事を始めました。福祉の仕事を完全に辞めることはせずに、ダブルワークという働き方になりました。

いざ、ライターの仕事を始めてみると、福祉の仕事のときのような「頑張ってもどうにもならない」という感覚はなかったです。働く会社や業界によってもちがったでしょうが、福祉の仕事よりはできるようになりそうな予感がありました。

2つの仕事をすることで、少しずつ自信がついてきた

ライターの仕事を始めてからも、「この仕事の方が向いているし、一本に絞ろう」とはなりませんでした。この頃、少しずつではありますが、福祉の仕事も上手く回るようになってきたのです。

職場での自分の立ち位置のようなものが定まってきて、頼られることも増えてきました。なんとなく「自分は、ここにいてもよさそうだな。」と感じるようになってきたのです。

具体的に何かを達成したわけでも、わかりやすい成果を出したわけでもありません。それでも、安定してきたのです。

2つの仕事を続けていくうちに自信のようなものがついてきました。仕事の内容や一緒に働く人が多少変わったとしても、大丈夫そうな気がするのです。

少しずつ「色々なトラブルがあったり、職を失ったりすることはあるかもしれないけれど、これから先も自分は大丈夫だろう」と思えるようになってきました。


まとめ

今回は、福祉の仕事と、ライターを掛け持ちするようになった経緯や、実際に働いてみてどう感じたかについて、振り返ってみました。

5年前は「自分に合う仕事は何だろう?」と必死に探していました。「副業を始めよう!」と意気込んでいたわけではなく、「福祉の仕事に真剣に取り組んでも上手くいかないし、いきなり転職するのは怖いからとりあえずダブルワークをしてみよう」と試してみたら、意外と2つとも続いているというだけです。

仕事と生活が成り立つのであれば、働き方はダブルワークでなくても構いません。

仕事を続けていくうちに、仕事の向き不向きについてはあまり考えなくなってきました。相性によって努力があまり苦にならない領域はありますが、どんな仕事にも大変なことや苦手なことはあります。

職場や仕事内容が変わっても、自分にとっての課題は大体同じでした。結局、そこは避けられません。

もし、身近に「ダブルワークをしてみたいんだけど」という人がいたら、私は応援します。やってみて初めてわかることもあるのではないでしょうか。

1988年生まれ。「何事も一生懸命」なADHD当事者ライター。
就職後1年でパニック障害を発症し、退職。27歳のときに「大人の発達障害」当事者であることが判明。以降、自分とうまく付き合うコツをつかんでいる。プラスハンディキャップなど各種メディアへ寄稿中。

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