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私は「命の価値を一番知っている子」で「恵まれた子」?

~優しい差別が辛かった小学校時代

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2022.7.27

「障害者差別」というと、蔑みや見下しといったものをイメージしやすいが、過度に自分の存在を美化されるのも当事者としては苦しい。

私は小学校頃、担任教師や主治医から、「命の価値を一番知っている子」や「恵まれた子」というレッテルを貼られて辛かった経験がある。

執筆:古川 諭香 Yuka Furukawa

担任教師が「命の価値を一番知っている子」と美化

最終的な手術だと言われている「フォンタン手術」を終え、小学5年生となった私は学校に復帰。息切れやチアノーゼを気にせず、友達と遊べるようになったことに幸せを感じていた。

だが、やがて担任教師との付き合い方に悩むようになる。なぜなら、担任は私のことを「命の価値を一番知っている子」と、授業で口にし始めたからだ。

一番辛かったのは、道徳の授業。命の尊さを考えるテーマだと、いつも決まって「このクラスの中で一番命の価値を知っているのは諭香さん。みんなも見習って命の大切さを考える機会を持って」と教壇で話す。

その言葉を言われるたび、特別視されているようで疎外感を覚えた。そして、クラスメイトの視線が痛かった。

手術を終えて学校に復帰した時、クラスメイトたちは、ごく自然に私を迎えいれてくれたけれど、「命の重みを知った子」というレッテルを先生に貼られてから、私を見る目が変化。「敬わなければならない子」「自分たちとは違う子」。そんな気持ちが感じられる態度をとられ、集団の中で浮くようになっていった。

受けなければ生きていけなかったから、手術をしただけなのに…。そんなもどかしさを感じた私はクラスメイトと一緒にカンニングなどをすることで溝を埋めようとした。

私は悪いことだってできる。敬われる人間じゃないし、いい子でもない。みんなと同じ綺麗じゃない部分もある、普通の子だよ。そういう想いや孤立の原因を作った担任教師への怒りを、「友達と一緒に悪いことをする」といった行為でアピールした。

見下されたり、罵られたりするだけでなく、持病や手術の経験があるだけで必要以上に存在を美化されたり、特別視されたりする優しくて痛い差別もある。その事実を、私はこの一件を通して学んだのだ。

主治医の「恵まれた子」という言葉に怒りが募って…

同時期、主治医との関係もギクシャクしていた。私が受けた「フォンタン手術」はいくつかの条件を満たす必要があるため、同じ病気でも手術を受けられない子がたくさんいる。

だから、主治医は手術後、私に対して「あなたは恵まれた子」という言葉をかけるようになった。大人になった今なら、手術を受けられずに命を落としていった仲間や、それを見届けることしかできなかった主治医の心境を想像して、その言葉を受け止められる。

だが、当時の私は激怒した。手術を受けても、病気が完治したわけではないし、日常生活が普通にできるようになったからこそ、周囲に障害が理解されにくいことが増えたのに、どこが“恵まれている”のだろうと思ったから。

先生は心臓が悪くないから、結局、私の気持ちなんて分からない。綺麗な言葉で包んで、私の苦しみを美化しないで。そう思い、病院に行かなくなった。子どもだった私の精一杯の反発。その間、持病の薬は母が貰いに行ってくれていた。

すると、反抗開始から1年ほどしたある日、主治医から「話したいことがあるから、病院に来て」と言われた。そこで、母に連れられ渋々、行くと、主治医はふくれっ面の私に、手術までたどり着けなかった子のことを思っての「恵まれた子」だったと、言葉に込めた想いを説明した。

だから、私も「恵まれた子」の一言を突き付けられた時に、どう感じたかを話し、「先生の気持ちは分かるけど、病気がある時点で私は自分をそう思えないから傷ついた」と素直に話した。すると、主治医は「僕の気持ちも分かってほしいけど、嫌だったね。ごめんね」と謝ってくれた。

子ども相手なのに、気持ちを聞く時間をしっかり取ってくれ、謝罪までしてくれた主治医の優しいアフターフォローがあったから、その後、私は再びちゃんと通院するようになったが、もし、気持ちを伝え合う機会がなく、自分の存在を美化されたままだったら、私は「やっぱり自分の苦しみは誰にも分からないんだ」と心に蓋をしてしまったと思う。

世間一般が思う偏見だけでなく、必要以上に障害者を美化したり、特別扱いしたりする優しい差別も当人を傷つけることがある。そうした差別が集団の中で起きると、当人の居心地が悪くなり、正しい障害理解が生まれにくくなるといったデメリットも生まれてしまう。

美化も蔑みもせず、障害者を“ただの人“として見て、接する。そんな人が増えていけば、健常者や障害者という区別もなくなっていくのではないだろうか。

猫の下僕のフリーライター。愛玩動物飼養管理士などの資格を活かしながら大手出版社が運営するウェブメディアにて猫に関する記事を執筆。共著作は『バズにゃん』。書籍レビューや生きづらさに関する記事も執筆しており、自身も生きづらさを感じてきたからこそ、知人と「合同会社Break Room」を設立。生きづらさを抱える人の支援を行っている。

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