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発達障害の私に、推しがいてよかったこと

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2022.7.26

私は発達障害の特性のせいか、仕事と日常生活、どちらもつまづくことが多く、しんどい日々を送っています。ただ、少しずつ自分自身のことを知り、頑張れるようになってきました。今回は、「推しがいてよかったこと」についてです。

執筆:ゆめみがち

こんにちは、ゆめみがちです。

私はADHDと自閉症スペクトラムを持っておりますが、「推し」という存在に助けられてなんとか頑張って、生きづらさと向き合っています。

発達障害の診断は数ヶ月前に受けたばかりです。それまでは身体性表現障害(メンタルの不調が身体症状として表れるもの)により8年間ニート状態で過ごしていました。

そんな中、応援しているタレント、いわゆる「推し」と出会い、「推しのライブに行くためのお金を稼ぎたい」とニートを卒業し、働けるようになりました。



しかし、発達障害の特性のせいか仕事を何度もクビになったり、日常生活でもつまづくことが多かったり、しんどい日々を送っていますが、心身の健康はなんとか保たれており、ちょこちょことお仕事をしたり、新たなスクールにも通うようになりました。

それもこれも、全て推しのおかげです。私のQOLは推しによって支えられていると言っても過言ではないです。そんなわけで今回は、「推しがいてよかったこと」を自分なりに分析して解説していこうと思います。

体調が良くなる

私の推しは可愛い、かっこいい、歌うまい、演技うまい、スタイルがいい、とにかくここに描ききれないくらいとても素敵です。観ているだけで元気が出ます。「数年後は誰もが知るビッグになっているからな!」となぜか私が威張るくらい、本当に才能の塊です。

ただ、私にとっての推しは「付き合いたい!」「結婚して!」という色恋感情の「好き」ではありません。

尊敬や憧れ、また幼いころに理由もなく感じたワクワクを蘇らせてくれるヒーロー的な存在です。そのような自分のときめきを刺激してくれる「好き」なんです。

推しと向き合うと、自分の「好き」を再確認してしっかり楽しむことができます。

私は自分の「好き」を追い求める人間ですが、自分が発達障害だとわからなかったころは、自分のこだわりを無視して周囲に合わせなければならないと思い、非常にストレスが溜まっていました。

「好きなものを楽しむという感覚」が、私の体調不良を和らげました。

身体性表現障害を患っていたときは、毎日最大量の痛み止めを飲んでも寝込んでいたのですが、今は本当に月に1度、市販のものを飲むか飲まないか程度になっています。物理的に薬の量がほぼゼロになったことは、自分でもびっくりしています。

健康に気を遣うようになる

元々、身体が強くはないですし、超健康というわけでもありません。

自分が疲れていることに気付きにくいし、「ここで休憩を入れるなんて甘えだ!」と倒れ込むまで作業をしてしまうこともあります。特に、好きなことだと過集中が止まりません。

しかし、推しのライブに行くときは体調を整えなければなりません。夜行バスを使うこともあるので体力は温存する必要があります。普段なら忙しさから無視してしまうような自分の健康も、イベントの日が近づくにつれ、気を遣うようになります。

「この体調でちゃんと夜行バスに乗って、都会の喧騒に耐えながら、何時間も入場列に並んで、立ちっぱなし観覧の推しのライブを楽しめますか?」と自分自身に問い、お風呂にゆっくり入る、ストレッチをする、しっかりご飯を食べるなど、身体を労わっています。

推しのライブではなく、仕事や勉強を頑張るとしても体調が最優先なのは当たり前なんですけど、意外とできないんですよね。そこは反省です。

過度な自己否定をしなくて済む

ニートを卒業して就職した会社をクビになったとき、会社から「あなたには正社員にできないどころかバイトとしても無理。年間100万のお給料分の価値を提供しているか、自分で考えてみて。」と具体的に言われました。

一生懸命やっていたのにも関わらず、そう言われたことがショックでした。

その後もさまざまな会社にパートやアルバイトとして応募しても全く受からない日々が続き、「私には最低時給分の価値さえもないのか」とめちゃくちゃ泣きました。(この頃は発達障害のクリニックに行く前だったので障害者雇用という選択肢はありませんでした。)

しかし、そのとき1番強く思ったことは「このままじゃ推しのライブチケット代稼げないじゃ〜ん!さいあくぅ!やだ〜!」です。直後に推しのライブやイベントが控えており、そのことで頭がいっぱいでした。

本来なら「自分って本当に無価値なんだ」と思い詰めてしまうところを、「推しのライブのチケ代」のせいで、そこまで悩む暇がなかったのです。

もちろん、実家暮らしという環境だからこそ「生きていけない」という焦りではなく、そんなことで悩めるというのも贅沢なことです。だからこそ、周りに感謝してさらに頑張ろうとも思えました。

ちなみに、そのときは面接不要の短期派遣のバイトでチケット代を稼ぎました。

推しがいなければ「だって頑張って応募してもすぐにクビになるし、そもそも雇ってもらえないもん。」と落ち込み、ニートを再開していたと思います。

反芻思考が一旦とまる

ADHDのせいか、ミスが多いし不注意な言動は多いしとにかくうまくいかないことが多いです。誰だってミスはするものだとしても、やっぱりいくらなんでも多すぎる。

そんなとき、私は「どうしてあんな失敗をしたんだろう」、と何度も考えて、後悔して、しばらく落ち込みます。

ASDのせいか、失敗の反芻をして、なかなか気分が切り替えられないのです。必要以上に落ち込んでしまうのは何も生み出さないと頭でわかっていても、ついついやってしまうのです。

しかし、そんな時も、一度推しが目に入ると「あ、推し可愛い」で脳内がいっぱいになり、その反芻思考が一時的にピタッと止まるのです。

これ自体はただの現実逃避で何も解決しないし、「悩むことをやめる」の対処療法にすぎませんが、これがないと何時間でも何日でもノンストップで飲まず食わず寝ずで悩んでしまいます。

だから、気持ちをリセットする上でも非常に大切な瞬間なのです。

普段から、落ち込むであろう未来の自分を救うために、SNSでは推しに関する情報は常に通知オンにしているし、YouTubeでも推しの公式動画をたくさん保存しているし、推しの写真やサインやグッズも部屋にちょこちょこっと飾っています。

ちょっとだけ頑張ろうと思える

推しは努力家で頑張り屋です。そもそも人前に出て何かパフォーマンスすることは、とても頑張らないとできないことです。

最初は「よくやるなあ」「すごいなあ」と、不出来な私とは違うレベルの人間だと、眺めていました。推しとはニート生活真っ只中のときに出会ったので余計にそう思いました。

しかし、応援していくなかで、推し自身も不得意なことがあり、なんでもできるスーパー人間ではないことがわかり、「やはり地道に努力しているんだ」ということをリアルに感じました。

雲の上の人ではありますが、親近感を抱き、「私も少しだけ頑張ろう」という気持ちに自然となれました。ぶっちゃけ、「推しも頑張ってるから私も頑張る〜」という真似っこのようなものです。

発達障害のせいか、頑張っても報われないことがかなり多い現実の中で「軽い気持ちで頑張ろうと思える」ことは、かなり自分の支えになっています。

もし、推しがいなかったら

もし私に推しがいなかったら、あの時推しに出会わなかったら、現在も働くことはできていなかったと思います。ニート記録を更新し、「働かなきゃいけないのに、それができない自分」を責めて、途方に暮れていたでしょう。

また、働いていたとしてもそこまで熱心に働くことはできず、クビになり「自分って無能なんだ」とさらに自分を体調が悪くなるまで責めていたかもしれません。ずっと何も見えない暗闇の中でもがいていたように思えます。

今だって一応働くことはできているとはいえ、「うまくできないな」「なんで思い通りにいかないんだろ」と思うことはたくさんあり、悩みはつきません。

それでも、私には推しがいるから大丈夫だと思えます。どんなことがあっても、少しでも推しのことを応援できる自分がいれば良いのです。

そして「自分は発達障害かも?」と感じたのは、「推しのために一生懸命なのに、どうしてこうもうまくいかないことが多いのか?」という疑問があったからこそでした。

推しがいなかったら発達障害に気づかなかったかもしれない。

発達障害だとわかったとき、周りからは「お気の毒に…」と気を使われたのですが、それは全く見当違いだよと伝えたいです。

私は「発達障害だからここは自分は弱いんだ」と対処して、良くなったことはたくさんあります。だから、自分が発達障害だとわかってとてもよかったのです。

推しのおかげで自分自身を知れたぶん、さらに頑張れるようになりました。

これからも推しに支えられながら、前向きに頑張っていこうと思います。

身体性表現障害で8年の無職ひきこもりから、推し活のおかげで社会復帰に成功。しかし会社に就職するもクビになり、直後にADHDとASDスペクトラムが発覚した。現在は自身の発達障害に向き合いながら、推し活の素晴らしさを様々な角度から発信している。

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