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18歳で告げられた「子どもを持てない」という事実…その重みと今も闘う

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2022.9.9

子どもを「持たない」と「持てない」の間には、大きな壁がある。

私は持病を理由に、子どもが持てなかった。

子どもを持ちたいかどうかと自分の胸に尋ねるよりも先に、第三者から子を持てる可能性を消去され、生き方に悩んだ。

執筆:古川 諭香 Yuka Furukawa

18歳で「子どもを持たないように」と告げられて

彼氏と結婚して、子どもを産み、幸せな家族を作る。頭の中にあった、そんな漠然とした理想を壊されたのは18歳の時。

18歳の誕生日を迎えて数ヶ月が経った頃、いつものように母と一緒にかかりつけ病院へ定期健診に行くと主治医から突然、「あなたは妊娠しないほうがいいと思う。産むなとはっきりは言えないけれど、出産できないと思うよ。妊娠や出産に体が耐えられないだろうし、妊娠しても流産してしまう確率が高い」と告げられた。

そうした事実に、その時はショックを受けなかった。10代である自分には、妊娠や出産が遠い話のように思えたからだ。だから、母に「先生の言葉を聞いて、どう思った?」と聞かれても、「そうなのかって感じ」とあっさり答えたことを覚えている。

けれど、当時の彼氏と結婚する予定だったため、子どものことを伝えておいたほうがいいだろうと思い、「私、子ども産めないみたい」と伝えた。3歳上の彼は私と同じく、妊娠や出産の話をまだ自分事としては受け止めていないようで、「そうなんか」という言葉が返ってきた。

たった1往復の会話で終わらせられるほど、当時の私は子どもを産めないという事実を重く捉えてはいなかったのだ。

年齢を重ねるにつれて「子どもを産めない」が重荷になった

だが、年を重ねるにつれ、「子どもを産めない」という事実が重荷になっていった。

例えば、結婚後にパートで働いていた時。周りは子持ちばかりで、雑談をするたびに「子どもはまだなの?」「早く作っておいたほうがいいよ。後々、楽だし」と言われ、心が抉られた。

当時、私は障害を隠して働いていたため、持病があって子どもが産めないと周囲に説明することは難しかった。誰かの口から、その事実が漏れてしまうと働けなくなる可能性があったからだ。だから、なんとかして子どもの話題を振られないように、「実は子どもが嫌いなんです」と嘘をつくようになった。

しかし、私の言葉を受け、周囲は「自分の子どもは違うよ」「産んだら変わるよ」と力説。顔を合わせるたびに子どものことをアドバイスされたり、うちの子話を聞かされたりし、より苦痛を感じるようになっていった。

また、不妊治療をしている友達が妊娠した時にモヤっとした気持ちになってしまう自分が嫌だった。念願の妊娠を全力で喜んであげたいのに、心のどこかに「ひとりだけずるい」「羨ましい」という妬みの感情が芽生え、100%の気持ちで祝福できなかったのだ。

自分ひとりだけ、子どものことでいつまでも悩んでいるみたい…。そう思う日が増え、心が暗くなっていった。

そうしたモヤモヤは通院すると、より増えた。なぜなら、持病を診てもらっている「第2小児科」と定期的にかかるようになった「産婦人科」で子どもを持つことに対する意見が違ったからだ。

長年、私を診てくれている主治医は「妊娠は避けたほうがいい」と言う。けれど、産婦人科医からは「妊娠したいと思ったら、協力するから言ってね」と告げられた。それぞれの方針を双方に伝えても、示される選択肢は真逆なまま。だから、余計に苦しくなった。

だって、もし、本当に妊娠してもいいのならば悩んでいた時間がもったいなかったと後悔するし、本当に妊娠してはいけないのならば、希望を持つような言葉は言わないでほしかったから。

自分が妊娠してもいいのか、ダメなのかよく分からず、自分の人生なのに自分の一存で生涯に関わる重大な選択を決められないのが、もどかしかった。

「産めない人生」が「産まない人生」に変わった

そんな苦しみに悩まされていたある日、ふと思った。色々な情報を踏まえた結果、“私自身”は子どもを持ちたいと思うのだろうか…と。

そこで、子どもがいる未来を一度、リアルに想像してみた。親子でなにげない日常を過ごすことや我が子の成長を見守ることができる日々には、きっと幸せを感じるだろう。けれど、子育てをする中で自分の体は持つだろうか。子どもより早く死んだら、どうしよう。

そして、もしも先天性心疾患が我が子に遺伝したら、私は自分を責めずに子育てをできるだろうか。我が子が自分と似た苦しみを味わった時、しっかりフォローしてあげられるだろうか。

そうした、たくさんの「もしも」を考え、自分の心とじっくり向き合った結果、私がたどり着いたのは「産まない」という選択だった。

第三者の意見にただ従うのではなく、自分がどうしたいのかを考えたことによって、私は「産めない人生」ではなく、「産まない人生」を送ろうと、心の整理を少しつけられ、子どもがいない人生を前向きに楽しもうと思えるようになった。

とはいえ、正直、今でも親子連れを見ると羨ましいと思うことがあるし、「お子さんは?」というなにげない日常会話に「いないんですよね」と答えながら傷つく日もある。

この社会には様々な理由で、「子どもを産む」という選択を初めから消去され、子どもという存在に対して心の整理がつかないまま、今を謳歌しようと頑張っている人がたくさんいる。

そうした人が日常の中で心を痛めなくてもいいよう、雑談のつもりの子どもの話や良かれと思って口にした子どもに関するアドバイスによって深く傷つく人もいるのだということを、まずは多くの人に知ってほしい。

そして、子どもを産めないことで私自身、苦しんだからこそ、似た悲しみや負い目を感じている人に「あなたの価値は、妊娠や出産ができるかできないかによって変わるものではない」と伝えたい。

「産む」、「産まない」、「産めない」など、どんな道を選択してもいい。そう、温かく包み込んでくれる社会が築かれていってほしい。

猫の下僕のフリーライター。愛玩動物飼養管理士などの資格を活かしながら大手出版社が運営するウェブメディアにて猫に関する記事を執筆。共著作は『バズにゃん』。書籍レビューや生きづらさに関する記事も執筆しており、自身も生きづらさを感じてきたからこそ、知人と「合同会社Break Room」を設立。生きづらさを抱える人の支援を行っている。

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