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大人の先天性心疾患の心細さ

~約30年診てもらっていた主治医が退職

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2022.10.12

完治することがない持病と上手く付き合うには、主治医との信頼もカギになってくる。だが、根治が困難な私たち大人の先天性心疾患者には、ひとりの主治医に一生を診てもらえないという歯がゆさがある。

執筆:古川 諭香 Yuka Furukawa

まるで父親のようだった主治医のT先生

5年ほど前、生まれた時から病気を診てくれていたT先生が定年退職し、主治医が変わった。どうしようもないことだと分かっていたけれど、主治医が変わることは私にとって、とてもショッキングな出来事だった。

T先生は、患者にとことん寄り添ってくれる優しいドクター。小学校の頃、人見知りがひどかった私に目を見て優しく笑顔で話しかけてくれ、思春期になり、T医師に反抗的な態度を取ると、そのくだらない怒りを優しく包み、諭してくれた。

私が元夫と結婚する時、「結婚相手に私の病気を自分では詳しく説明できないから、話してほしい」とお願いすると快く引き受けてくれた。

説明の場では私たち2人が不安ではなく、希望を抱いて結婚生活を送っていけるよう、「諭香ちゃんの心臓は、すごく優秀。それは僕が保証するよ」と言ってくれた。その言葉は、自分の心臓が嫌いだった私の心に深く刺さった。欠陥品だと思っていた心臓が初めて誇らしく思えて、嬉しかった。

第2のお父さん。私はT先生のことを、そう思っていた。T先生と話せるから、通院の憂鬱さも和らいだ。大人になってからは、T先生の誕生月には手作りのプレゼントを持参して、通院。プレゼントを贈るたび、T先生は目尻を下げて喜んでくれ、「職場で使うね」と言ってくれた。

他の医師は数分にも満たない診察時間。だが、T先生は患者とのコミュニケーションに時間を割く医師だった。診察室で患者さんと会話が弾み、電光掲示板に「診療は1時間遅れ」となることもざら。

それでも、患者は絶えず、遠方からもT先生を頼ってやってくる先天性心疾患の親子は多かった。「ああ、また患者さんとの話が長引いているのか。あの人らしい」とみな、暗黙の了解をしながら通院していた。

仕事に変わりはないか、結婚生活は順調か、書いた記事を見てみたいなど、T先生は病気だけではなく、私の人生に目を向け、寄り添って歩んでくれた。

「院長にならないかって言われたけれど、なったら、こうやってみんなを診られないから断ったんだ。その代わり、副院長にはならざるを得なかったけど…。」

診察室で、そんな打ち明け話を聞いてから私はますますT先生が好きになった。

新しい主治医が信頼できない歯がゆさ

20代後半の頃、T先生が定年を機に退職し、別の病院に移ることを本人から聞かされ、絶望した。

T先生は新しい主治医を選ぶ期間を用意してくれ、私は主治医候補となる2人の医師と話す機会を持ったが、正直どちらにも診てほしくないと思った。

些細な会話から、2人の医師は健常者の視点から自分たち患者を診ていることが感じ取れてしまい、患者目線に立ってくれないと感じたからだ。30年近く築いた信頼関係と同等な絆を、次の主治医と築けるのだろうかと不安になった。

一方、T先生は最後の最後まで私たち患者のことを考えてくれた。大人の先天性心疾患は、どうしても持病によって就労という壁が立ちふさがる。T先生が関わっている患者の中にも、就職に関する悩みを抱えている女の子がいた。

その子の未来を案じ、T先生は私に「あの子に諭香ちゃんみたいな働き方があることを教えてあげてほしい」と言った。了承すると、相手の女の子にも許可を取り、通院日を合わせ、私たちが会えるようにしてくれた。私は、同じ病気と闘う仲間と出会うきっかけを与えてくれたことが嬉しかった。

そして、最後の診察日。T先生はメールアドレスや電話番号、次の職場である病院の場所が記された名刺をくれ、「何かあったら連絡してきてね。職場に来てくれてもいいよ」と言い、病院を去っていった。

それほどまでに患者のことを考えてくれる医師と出会ってしまったからこそ、私はいまだに今の主治医に心が開けず、信頼ができない。

初めて診てもらった時、「今、古川さんのような薬を飲んでいる子はあまりいないよ。治療薬を見直してみたら?」と言われたが、現状、異変などないのだから見直す必要などないと思い、拒否。信頼できていないから、主治医が提案する治療方針に賛同できないのだ。

コロナのワクチンひとつ取ってみても、そうだ。接種を悩んでいる私に「どんなワクチンにもリスクはつきもの。僕なら迷わず打つけどね」と健常者の目線で話され、苛立ち、反論してしまった。

「あなたはそうだけれど、私は持病がある分、心筋炎などのリスクが高まるのではないかと思って怖いんです」と診察室で声を荒げてしまった。T先生だったら、こんな言い方はしないのに、と強く思った。

T先生と30年近く築いてきた信頼関係と同じくらい固い絆を、今から他の医師と築き上げるのはおそらく不可能だ。けれど、命を安心して任せられるほどの信頼関係は築きたい。

通院のたび、手探り状態で主治医と関わらなければならないことが煩わしく思うが、それは多分、相手も同じだ。生意気で、我が強いやつだときっと辟易されているだろう。そう分かるからこそ、ひとりの人間同士として向き合い、溝を埋め、ちゃんと絆を築き上げられるように頑張っていきたいと思っている。

完治しない病気を抱えている先天性心疾患にとって、主治医の交代は一大事だ。私たち当事者も精一杯頑張って主治医問題と向き合うからこそ、病院側も長い目で見ても、大人の先天性心疾患者が安心して治療を受けられる仕組みを考えてくれたら嬉しい。

猫の下僕のフリーライター。愛玩動物飼養管理士などの資格を活かしながら大手出版社が運営するウェブメディアにて猫に関する記事を執筆。共著作は『バズにゃん』。書籍レビューや生きづらさに関する記事も執筆しており、自身も生きづらさを感じてきたからこそ、知人と「合同会社Break Room」を設立。生きづらさを抱える人の支援を行っている。

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