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胸の手術痕をさらけ出せるようになるまでの葛藤

~着たい服より隠せる服を選んでいた

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2022.10.24

胸にある手術の傷痕を気にせず、自分の好きな服を着る。そう思えるようになるまで、長い時間がかかった。人の目につきやすい箇所にある、大きな手術痕は「私らしく生きたい」と「周囲の視線が気になる」の狭間で当事者を悩ませる。

執筆:古川 諭香 Yuka Furukawa

胸元が開いていない服を選んで大きな手術痕を隠す日々

私の体は、あまり綺麗じゃない。背中と左脇・右脇の下には手術の傷痕と、体内に溜まった血液や浸出液などを体外に排出するためのドレーンという管を入れられていた痕が4カ所あり、おへその上にもドレーンを挿入した痕がある。

それらの傷は目に見えにくい場所にあるので、特に悩まされたことはない。だが、小学4年生の時に受けたフォンタン手術によって胸の中央についた大きな手術痕との向き合い方には、長い間悩まされた。

この傷痕は鎖骨下から胃の付近くらいまでの長さ。フォンタン手術をした子の中には傷痕がケロイドになり、目立ってしまうこともあったため、術後は看護師や医師、母親が毎日ユーキバンというテープを使って傷痕を持ち上げるように止め、ケロイドになることを予防してくれた。

おかげで、ケロイドは免れたが、胸元が開いた服を着ることに抵抗を覚えるように。周りは「頑張った証」や「勲章」だと言ってくれた。「誇っていい傷痕。堂々と見せればいい」とも。

けれど、どの言葉も心に響かなかった。あなたたちは、こんな傷痕がないから綺麗ごとが言える。子どもながらに、そう思った。

家族や友人、教師、医師など事情を知っている人は大きな傷痕があっても気にしないだろうが、家や学校、病院といった自分のテリトリーから1歩、外に出れば私の事情なんて知らない人ばかり。

そういう人たちから、好奇心に満ちた意地悪な視線を向けられるのではないか、見知らぬ人はこの傷痕をどう感じるのだろうと考えるように。

気付けば、私は手術前とは違い、胸元が開いていない服ばかりを着るようになっていた。そうなると、オシャレの幅は狭まる。「どんな服を着たいか」よりも「どんな服なら傷を隠せるだろうか」と考えてしまい、ショッピングが楽しくなくなっていった。

「着られる服」よりも「好きな服」を着ようと決意

そんな日常を送っていた、ある日。唐突に、なんだか疲れた…と思った。私がいつも考えているのは、傷痕を目にした時の周囲の視線や気持ちのことばかり。本当はどう生きたいのか、ずっとこのままの生活を続けていくのかと、自分に問いかけるようになった。

本当はシャツなら、ボタンを2つくらい外して着るのが好き。Uネックよりも、深めのVネックが好き。胸元も肩も見える、大胆なデザインのオフショルも大好き。

ずっと押し殺していた、そんな本音に気付いた時、心境が変化した。傷痕が気になる人は、思う存分見ればいい。自分を殺して着たくもない服で心が満たされているフリをするのは、もうやめようと思ったのだ。

知人以上友達未満の人の中には「その傷、どうしたの?」と聞いてくる人もいるだろうし、この先、いい雰囲気になった恋人未満の人に突っ込まれることもあるだろう。そしたら、その時はちゃんと私という人間のことを話せばいい。それは先天性心疾患という病気を知ってもらう機会にもなるはずだ。

そう考えられるようになったことで、私は胸元の開き具合を気にせずに好きなデザインの服を買い、身にまとうようになった。とはいえ、最初はやっぱり人の目が怖かったので、通院時の服装を変えることに。

当時、主治医だったT先生は、そんな私の変化を「素敵だね」と褒めてくれ、「いいじゃん、その服。似合ってるよ」と言ってくれた。

Vネックを病院へ着ていくことに慣れたら、次は友達や家族と外出する時の服装を変更。スーパーでジロジロ見られることはあったが、誰かと一緒なら恐怖を感じずに済んだ。また、向けられる視線の変化から、ネックレスをつければ、傷痕が目立ちにくくなることも学んだ。

こんな風に何段階ものチャレンジを経て、私は胸元が開いた服を着ながらひとりで外出できるようになっていった。

手術痕には持病を伝える役割があると思えるように

今の私にとって胸にある手術痕は、「そういえば、あったな」くらいのものになっている。正直、今でも勲章とか頑張った証とかいう言葉ではしっくりこないし、ないほうがいいとも思うけれど、この傷痕があるから自分らしく生きられない…と悩むことはなくなった。

また、記事などで自分の病気を伝え始めてからは、この傷痕には単心室症や単心房症という、耳慣れない病気を伝える役目があるのだとも思うようになった。私がごく普通に傷痕をさらけ出すことが、誰かにとって心臓の病気について考えるきっかけになったら嬉しい。

手術痕に対する当事者の思いは、様々だ。私は見せることが正しいとは思っていないし、各々、自分の心が楽になる向き合い方をしていけばいいと考えている。

どうか、傷のある体を、傷を持つ自分を卑下しないでほしい。そして、周囲は他人の体にある傷に好奇の視線を向けないでほしい。

誇れなくても、勲章だと思えなくても、その傷にはひとつの命を必死に助けようとしてくれた人たちの思いが詰まっている。

猫の下僕のフリーライター。愛玩動物飼養管理士などの資格を活かしながら大手出版社が運営するウェブメディアにて猫に関する記事を執筆。共著作は『バズにゃん』。書籍レビューや生きづらさに関する記事も執筆しており、自身も生きづらさを感じてきたからこそ、知人と「合同会社Break Room」を設立。生きづらさを抱える人の支援を行っている。

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