「あなたは特別じゃない」と言われて“普通”になりたかった私は救われた
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2022.11.21
どんなに頑張っても、普通になれない。
障害があると、そんな歯がゆさに苦しめられることがある。
けれど、そうした苦痛は周囲のちょっとした言葉や対応によって和らぐ。
私は、婚約者の“平等な視線”に心が救われた。
執筆:古川 諭香 Yuka Furukawa
周囲のサポートを必要とする私は「特別な人間」
障害があることで、特別視される。それが私にとって、当たり前の日常だった。
健常者と同じように努力しても体力や身体機能がついていかず、結局、サポートを受けなければならない時、周囲は「体のことを考えて」や「無理しちゃダメ」と優しい言葉をかけてくれた。
それはありがたいことだったが、一方で、特別扱いされているような気がして居心地が悪くなった。
やっぱり、私は普通に生きられないと痛感するからだ。
そんな経験を何度も繰り返す中で、いつからか、自分自身のことを特別視するようになっていった。
自分は他の人とは違って、いつ悪化するか分からない持病を抱えている身。悪い意味で、特別な人間。だから、明日、死んでも後悔しないよう、死を意識した生き方をしなければ。
そのためにはオンもオフも充実させないといけない。そう考え、スケジュールは常にパンパンに。
いつまで生きていられるか分からない体であることが怖かったから、やりたいことをやろうと、自分を追い込むようになった。
そして、同時に孤独感も抱えていた。明日、体がどうにかなるかもしれないこの恐怖心は誰にも分からないだろう、と。
健常者と障害者が分かり合える社会を願いながら、自分自身、どこかで健常者との間に「分かり合えない」という一線を敷いていた。
人生で初めて「特別ではない」と言われて
そんな時、現在の婚約者と出会った。彼は中学生の頃、母親を亡くしていた。私が持病を打ち明けると、少し黙った後、「僕の母は健康志向な人だったけれど、がんで亡くなってしまってね」と生い立ちを話してくれた。
そして、その話を踏まえた上で「だから、いま健康であったとしても明日、どうなるかは誰にも分からない。だから、諭香が特別なわけではないと思う」と言った。
一見、厳しく感じられるその言葉が、私は心底嬉しかった。初めて、他者から「特別ではない」と言ってもらえたからだ。
彼はその後も、私を特別視せず、必要な時にだけ必要な配慮をしてくれた。例えば、電車に乗る時。走るとすぐに息切れしてしまう私を気遣い、駆け込み乗車は決してせず、いつも「次に電車を待とう」と、発車間近の電車を見送ってくれた。
そして、傍から見れば体力的に厳しそうに思えることでも、私が「やりたい」と言ったことには過度に心配したり、気遣ったりしなかった。
数十分、歩きっぱなしで街ブラした時も階段が多い観光地へ行った時も、「心臓しんどくない?」ではなく、「足、疲れてない?」と健常者にかける言葉で私を気遣ってくれた。
さらに、彼は私のことを「障害者」ではなく、「健康面に心配を抱えている人」と表現してくれた。そういう、ささやかだけれど、心の底から私を「普通の人」と見てくれる温かさがたまらなく嬉しく、隣にいて心地よかった。
そうした配慮に触れる中で、私は自分が普通であるように少し思えるようになれ、「後悔しない今日を生きよう」と力みすぎなくなった。
同時に本当の障害者理解とは何か、と考えるようにもなった。身近な人や仲のいい人がもともと障害を持っていたり、障害者になったりすると、私たちは戸惑い、接し方に悩む。優しい人ほど、よかれと思って心配したり、気遣ったりしてしまうこともあるだろう。
けれど、相手の障害に過剰に反応せず、必要な配慮のみをすることを心がけると、互いに苦しくない関係でいられるかもしれない。
「特別視」というフィルターを外し、当人ができないことにだけ手を差し伸べ、あとは本人の意思を尊重して寄り添う。そんな姿勢で向き合えば、自分を特別視して苦しむ障害者も減るのではないかと、私は思う。
「私はみんなとは違う」という苦しみを抱える障害者が少しでも減るよう、私も彼から教えてもらった視点で、他者に接したい。