自分の名前を受け入れ、共に生きていく。
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2023.1.27
2023年、新しい1年が始まりました。
1月も終わりが近づいて来ましたが、皆さまにとって幸多き年となりますようお祈り申し上げます。
今年も大切に言葉を紡いでいきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
執筆:愛
今年最初のコラムは、自分の『名前』についてのお話をしたいと思います。
『名前』は子への大切なプレゼント…
ですが、私は、自分の名前がずっと大嫌いでした。
私の名前は、母がつけたかった名前を祖母が勝手に書き換えてついた名前であり、
その祖母に9歳の頃、
「お前は望まれて生まれてきた子じゃないんだよ」
と言われたこと。
そして、幼い頃はずっと両親の愛情を感じられなかったため、大きくなっていくたびに名前を呪うようになりました。
“本当にプレゼントしたかった名前ではない“
”母をいじめていた、そして意地悪な祖母“
“愛されていると感じない両親”
大切にされていない自分は、大切な存在とは思えませんでしたし、何度も呼ばれる名前を長い間受け入れることはできませんでした。
自分の名前を言いたくもないし呼ばれたくもない。
学校などで名前を書くたびに心がざわつく。とても嫌な気持ちになる。
根強く刻まれてきたものは消えることはなく、そのまま大人になりました。
基本的に名前は一生付き纏います。
なので、このまま呪い続けるのではなくて、どうにか好きになれないものかと、3年ほど前に本気で向き合おうと足掻きました。
名前の言葉の意味や漢字の意味、その意味から繋がるまた別の意味を調べたりして、どこかに私が求めるヒントや答えがないかと、必死に探しました。
時には理論物理学者のアインシュタインの相対性理論や、倫理学上のジレンマで有名なトロッコ問題にまで寄り道をしました。
沢山の寄り道をしていく中で、ようやく「これだ…」と、ひとつの答えに辿り着き、その意味と共に生きてみよう…そんな風に思うことで一旦は心が落ち着きました。
「これで好きになれるかも…」
ですが、”母が本当につけたかった名前“というのがどうしても心の中で引っかかっていました。
そんな時、ご縁があってパラちゃんねるのコラムのお仕事をさせていただくことになり、初めにペンネームを考えたのですが、私にはひとつしか思い浮かびませんでした。
『愛』
母がつけたかった私のもうひとつの名前です。
母が本当につけたかった名前をこの世にちゃんと残してあげたい…
そうして、ここでは『愛』と名乗らせていただくことを決めました。
既に母は亡くなっていますが、母の想いを残せるきっかけとなり、パラちゃんねる様には感謝の思いでいっぱいです。
きっと、母も喜んでいると思います。
私自身も、愛と名乗る場所ができたお陰で、しばらくは落ち着いて過ごせていました。
そのまま落ち着くかと思ったのですが…
2022年の年末に、また名前に対して沸々と悩むようになりました。
名前に関して、家族の問題の他に、実はもうひとつ大きな問題がありました。
それが、私が受けた犯罪被害です。
私の顔はもちろんのこと、名前も加害者に知られています。
私は全く知らない人でしたが、加害者は私を知っていたという話もありました。
刑期を終え、既に社会に出ているため、またその加害者に見つからないように、隠れながら過ごすことが多かったこの約20年…
でも、いい加減自分の人生を取り戻して、普通に生活を送りたいと思うようになったので、この際名前も『愛』に変えて生きてみるのはどうだろう…という想いが湧いてきました。
母も喜ぶし、私も新しく生きられる気がする…
そう思ったらワクワクしてきて、目の前が明るくなってきました。
通るかはわからないけれど、一度申請をしてみよう!と、申請用紙を用意して、まず、今の名前を書き始めました。
書き込んで…
目の前に書かれた今の名前…
これはとても不思議なのですが、あれだけワクワクしていたのに、書かれた名前を見ると名前が泣いているように見えて、そしてすごく悲しそうに感じて、胸が痛くなってしまいました。
その先を書こうとしても、名前がすごく泣いているので、先に進めることができなくなってしまいました。
別の紙にしよう!ともう一度書いたのですが…
やっぱり名前が泣いているんです…
これもとても不思議なのですが、子供にも見せると同じように名前が悲しそうにしていると感じたそうです。
このまま申請して、泣いているこの名前をこの世から消し去っていいのだろうか……
この名前は好きになってもらえないままで、本当に消し去っていいのだろうか…
私は本当に消したいのか。
それとも今の名前も愛したいのか。
心の真ん中は、後者なのだと思いました。
私は、申請書を丸めて捨てました。
…祖母は、意地悪なことをしてきたかもしれないけれど、祖母の抱えていたものも少しはわかっています。
いろんな弱さもあって、勝手に変えたのだろうけど…
「こっちの方がいい」という書き換えた理由のどこかに、たとえ小さくても祖母なりの愛があったのかもしれません。
…母が名前をそのままにしたのも、お姑さんへの愛が少しでもあったのかもしれません。
…幼少期の頃の両親のことも、理解できて許せて愛せているし、本当に愛がなかったとは今は思いません。
…たとえ何が起きたとしても、私は自分を幸せにすることができるはずだし、してあげたいと思っています。
かつて、愛されたかったと思っていた私と同じ気持ちを、きっと名前もずーっと思っていたのかもしれません…
名前が泣いてくれて、大切なことに気づくことができました。
今度こそ、今度こそ、
共に、生きていこうと思っています。
堂々と胸を張って。