障害受容の難しさ②ネガティブな感情を認める
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2021.3.17
中途障害者が社会復帰する上で「障害受容」は大きなテーマです。しかし、当事者の立場からみると、「障害受容」は簡単なことではなく、その過程の中でさまざまな感情が浮かび上がります。
そこで今回は「ネガティブな感情を認める」ことを中心に、障害受容の難しさについて、当事者としての経験と研究の知見を踏まえて解説します。
執筆:中村 珍晴(ちん) Takaharu Nakamura
ポジティブな感情を持つことが正しいと思っていた
前回は、障害受容の正しい認識についてご紹介しました。
今回は、私の事例を通じて、障害を負った後のネガティブな感情との向き合い方について解説します。
これは車いすユーザーの私が大学に復学してからの話です。
当時の私は、障害があっても常にポジティブな思考を持ち、ポジティブな感情を持つことが正しいと思っていました。
・障害があっても幸せだ
・障害はたくさんの学びをくれた
・障害を負って良かったーー!
と自分に言い聞かせるように、周囲にこのように公言していました。
現在の私からすると、過剰なほどにポジティブでいようとする当時の自分をみると、いつか壊れるのではととても心配になります。
ではなぜ、当時はこのように人前でポジティブに振る舞っていたのでしょうか?
それは、ポジティブでいることが正しく、落ち込んだり悩んだりすることは弱い人間がすることと思い込んでいたからです。
本当は落ち込んでいる自分にうすうす気づいていました。でもそんな自分を認めたくなくて、感情にフタをし、周囲に気づかれないように人前では明るく振る舞っていました。
そのため周囲からは「中村くんは障害を負っても前向きに生きていて素晴らしい」と言われることもあり、その言葉で安心感を得ていたのかもしれません。
しかし、実際は根本の問題と向き合っていなかったので、現実と理想のギャップに苦しむことになります。
たとえば、家で一人きりになると「なんで自分がこんな目に遭わないといけないんだろう」「五体満足で青春を謳歌している友人が羨ましいなぁ」と考えては落ち込むことがありました。
あまりにも思い悩み過ぎて、一時期はうつ病の一歩手前のような状態になったこともあります。
ネガティブな感情は悪ではない。感情を言葉にする。
そんなときに、大学の心理学の授業で、ネガティブな感情を持つことは悪いことではなく、人として自然なことであり、感情を言葉にすることで自分の本心を知ることが大切だと学びました。
当時は、今の自分を変えたいという気持ちがあったので、帰宅するとすぐにパソコンを立ち上げ、自分の感情をwordに書いてみました。
最初は、自分のネガティブな感情を言葉にすることで「なんて自分は弱いんだろう」とさらに落ち込むこともありました。
それでもゆっくり時間をかけて自分と向き合うことで、「歩けないことは辛いし、自分でできないこともたくさんあるし、落ち込んで当たり前だよね」「ときには無気力になることもあるよね」と障害に伴う感情を受け入れることができるようになり、少しずつ気持ちが軽くなりました。
それからは、心だけでなく、自分の体とも向き合えるようになり、車いすユーザーとして生活するためには、何をすれば良いかと考えるようになります。
大学卒業後は働くことも考えましたが、この一件で心理学に興味を持ち、大学院に進学しました。その後、大学院で研究成果を上げていくにつれて、少しずつ自信を持てるように、その結果、自分の障害に対する捉え方が変わりました。
確かに障害を通じて学んだことは多くあります。だからといって障害を負った事実自体が良いとは思っていません。立って歩ける自分に戻れるなら今でも戻りたいと思っています。
それでも今の生活がマイナスかと言われるとそうではありません。月日を重ねていく中で、障害を負ってから出会った人や、経験したことが今の自分を作ってくれたと強く感じています。
まとめ
障害を負うと、様々な感情が出てきます。
・楽しそうに過ごしている健常者の友人が羨ましい
・将来の生活がどうなるかイメージできず不安になる
・車いす姿の自分を見られると恥ずかしい
でもこれらの感情を持つこと自体は自然なことで、むしろ人間らしさでもあります。
障害受容は、ネガティブな感情を持っている自分に気づき、ひとつひとつの感情を整理して、その上でなりたい自分に近づけるように行動することで近づけるものです。
ぜひネガティブな感情を持っている自分も大切にしてみてください。
次回は、「障害受容よりも大切なこと」をテーマに、感情を認めた上でどのような行動をとると良いかを解説します。
Text by
Takaharu Nakamura
中村 珍晴(ちん)
1988年生まれ。大学1年生のときにアメリカンフットボールの試合中の事故で首を骨折し車椅子生活となる。その後、アメフトのコーチを6年間経験し、現在は、大学教員としてスポーツ心理学の研究とアスリートのメンタルトレーニングを実践しつつ、YouTubeチャンネル「suisui-Project」で車椅子ユーザーのライフスタイルを発信している。