障害受容の難しさ③障害受容までのステップ
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2021.3.31
中途障害者が社会復帰する上で「障害受容」は大きなテーマです。しかし、当事者の立場からみると、「障害受容」は簡単なことではなく、その過程の中でさまざまな感情が浮かび上がります。
そこで今回は、障害を受容するために、どのような取り組みをすると良いかをお伝えします。
執筆:中村 珍晴(ちん) Takaharu Nakamura
ポジティブループ
前回は、障害に対するネガティブな感情を認めることの重要性を解説しました。
今回は、障害を受容するために、ネガティブな感情を認めた上で、どのような取り組みをすると良いかを解説します。
結論からお伝えすると「行動して成功体験を得よう」です。
この結論を理解するためには、「自己肯定感」について知る必要があります。
自己肯定感とは、自分が自分であることに満足し、価値ある存在として受け入れられる感覚です。つまり障害を受容しているとは、自己肯定感が高い状態と言えるでしょう。
そして、自己肯定感が高い人は、物事に挑戦する傾向が高いと言われています。
「ん?それなら障害を受容しているから、行動できるのでは?」と感じた人もいるかもしれません。
確かに下図のように自己肯定感が高いから行動する。その結果、成功体験を得ている人はいます。この流れだと障害を受容することがスタートに感じるかもしれません。
ポジティブループ
しかし、この図には重要なポイントがあります。
それは、自己肯定感が高いことが必ずしもスタート地点になるわけではないということです。自己肯定感、行動、成功体験の関係は、ループしています。行動して成功体験を得ることで、自己肯定感が高まるとイメージをしていただくと分かりやすいかもしれません。
身体障害があると障害を理由にできないことが生じます。特に中途身体障害の場合、健常者の頃に比べてできないことが多くなり、自己肯定感は低くなりやすいです。
そして、自分の障害に対する認識は、意識を変えるだけで解決するものではありません。だからこそ、障害のある体で実際に行動して成功体験を得ることが障害受容の第一歩に繋がります。
次は成功体験を得るための具体的なステップを解説します。
成功体験を得るためのステップ
ここからは、成功体験を得るためのステップを心理学の知見を踏まえて説明します。
1:同じ障害をもつ人の生活を知る
中途身体障害の場合、障害者としての生活が想像できないことから不安を感じやすくなります。そこで、自分と同じ障害を持っている人の生活を知り、将来の自分の生活をイメージしてみることから始めてましょう。
将来の自分の生活を想像できるようになることで、これから取り組むべきことが見つかります。また、自分の見本となる人を見つけることで、行動するための自信が湧いてきます。
人は自分と似ていると思われる「モデル」となる人が、ある行動をうまく行っているのを見たり聞いたりすることで、”自分にもうまくできそうだ”と自信を感じやすくなるからです。これは、心理学者のアルバート・バンデューラが提唱した自己効力感の代理体験という考えに基づいています。
2:目標を設定する
次は行動することを具体的に決めましょう。
はじめは、その日に実行できることで構いません。成功体験を得るためには、目標を達成できたかどうかを確認する必要があります。
1ヶ月後のように中長期的な目標だと成功体験を得るまでに時間がかかります。学習心理学では、行動した結果、成功体験というご褒美が与えられることで、次も挑戦するようになることが分かっています(これを正の強化といいます)。
毎日何をやるかを目標として明確にし、それを実行することができれば、約30回の成功体験を得ることができます。その後、目標を設定し、実行するサイクルに慣れてきたら、徐々に中長期的な目標を設定すると良いでしょう。
3:行動する
明確な目標を設定したら、実際に行動に移しましょう。
しかし、人によっては「行動の内容を決めたけど達成できるか怖いなぁ、不安だなぁ」という感情により行動に移せないかもしれません。そのときはイメージトレーニングが有効です。
人は「これはできそうだな」という感覚があると行動に移しやすくなります。その感覚を脳内でつくるための作業がイメージトレーニングです。
やり方は、まず目を閉じ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせます。リラックスした状態が鮮明なイメージを導いてくれます。
その後、脳内で行動の流れをリハーサルしてみましょう。行動している場面を何度も頭の中で鮮明に描きます。本番では描いたイメージに沿って行動することで気持ちが安定し、自分で決めた取り組みに集中できるようになります。
4:振り返る
実際に行動すると、何かしらの結果が出ます。そこで、うまくいった結果を振り返ることで成功体験を実感することができます。
しかし、必ず成功するとは限りません。当然、失敗することもあります。失敗したときの振り返りのポイントは、部分的にできたことを言葉にすることです。
人は進化の過程で生存率を高めるためにネガティブな結果へ意識が向きやすいと言われています。そのため、ポジティブな結果を意識して探すことが重要です。
たとえ失敗したとしても「ここまではうまくいったな」と何かしらの学びはあるはずです。その学びは行動したからこそ得られたことですよね。それも立派な成功体験のひとつです。
5:行動と振り返りを繰り返す
あとは行動と振り返りを繰り返していきましょう。
③行動する・④振り返るは、それぞれポジティブループの「行動する」と「結果が出る」・「成功体験を得る」に該当します。冒頭の図にあったように、この繰り返しがポジティブループを回すことであり、自己肯定感が高まっていきます。
最初は小さな成功体験でも、少しずつ挑戦の規模を大きくしていくことで、いつか自分の障害に対する認識が変わることがあります。私の場合は、大学院在学中に自分の修士論文が優秀論文に選ばれたときに自分の障害に対する認識が少し変わったことをよく覚えています。
「あれ?障害を負った事自体は良い出来事ではないけれど、行動したことで得たこともあるかも」と思えるようになったときには、障害を少しだけ受容しているかもしれません。
まとめ
今回は、障害受容の具体的なステップを解説しました。
今回紹介した内容は、心理療法の行動療法を基礎としています。もちろん障害の程度や個人の環境に合わせて、内容を変更する必要はあります。そのため、自分の生活に使えそうな内容を部分的に取り入れていただければと思います。
社会復帰には障害受容が必要と言われていることは多いです。就職活動に臨むという観点でいえば、障害受容できているかどうか以上に、このポジティブループを何度も回し、自己肯定感が高まっている状態であることのほうが大切ではないかと考えます。
Text by
Takaharu Nakamura
中村 珍晴(ちん)
1988年生まれ。大学1年生のときにアメリカンフットボールの試合中の事故で首を骨折し車椅子生活となる。その後、アメフトのコーチを6年間経験し、現在は、大学教員としてスポーツ心理学の研究とアスリートのメンタルトレーニングを実践しつつ、YouTubeチャンネル「suisui-Project」で車椅子ユーザーのライフスタイルを発信している。