シフト制の仕事と、ヘルパーさんのシフト管理でものすごく大変だったコールセンター業務
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2021.6.28
脊髄性筋萎縮症という、生まれつきの病で電動車いすで生活しています。18歳で一人暮らしを始め、一般企業で働き始めたのですが、私自身、1日4回、排泄、着替え、洗面など介護士の支援を受けていることもあり、シフト制の仕事とヘルパーさんのシフト管理に困ってしまいました。
執筆:佐々木 美紅 Miku Sasaki
はじめに
私は脊髄性筋萎縮症という、生まれつきの病気のため、電動車いすで生活しています。
脊髄性筋萎縮症とは、体幹、腕、脚など全身の筋肉を動かす脊髄の細胞に異常があり、筋力が低下していく進行性の難病です。
握力は0.1キロで、成人女性の平均の300分の1。自力で動くのは指先と肘から下の腕と、口です。そのため、箸を持ったり、ハサミを使ったり、パソコンのキーボードを打つのも大変で、不自由な生活を送っています。
電動車いすの生活になったのは、中学3年生の頃からです。だんだんと動かなくなってくる身体と向き合い、絶望することもありました。
しかし、どうしても一人暮らしをしたい、一般企業で働きたいという夢がありました。この2つの夢を実現するために一番大変だったことが、ヘルパーさんのシフト管理だったのです。
一人暮らし活動
私が一人暮らしをするためには、絶対に介助者の力が必要です。例えば、日常生活での着替え、洗面、排泄、調理などは介助者の手を借りなくてはなりません。
今では、毎日4回ずつ、ヘルパーを派遣してもらい、一週間で15~18人程度の方に来ていただいています。一つの事業所ではまかなうことができないので、私は6箇所の事業所を使用しています。
一人暮らしを始める前に、ヘルパーさんの力を借りながら、生活している車いすの先輩のお宅を拝見させてもらいました。
玄関から入らず、窓にスロープをつけて出入りをしていたり、お手洗いを改造せずにポータブルトイレを使用していたり、工夫をすることで生きていくことが可能なのだと知りました。
自分と同じような困りごとを持つ方が、実際にどのように生活しているのか状況を知ることができたのがよかったです。これを私は「一人暮らし活動」と呼んでいました。
コールセンター業務に従事
一筋縄ではいきませんでしたが、就職活動の末、私が従事したのはコールセンター業務でした。カスタマーサービスセンターで契約や解約についての事務手続きを電話で行う仕事でした。
年中無休、朝9時から夜9時まで開いているカスタマーサービスセンターだったので、早番や遅番、通し番などがあり、出勤時間がバラバラのシフト制でした。
当時の私は、会社への遠慮もあって「せっかく雇ってもらえたのだから、なるべく会社の要望に合わせてシフトに入ろう」と考えていました。
ただ、私は介助者の力を借りなければ日常生活を送ることができません。
出勤するにしても、玄関の扉を自力で開くことができないので、ヘルパーさんに一緒に外に出て鍵を閉めてもらい、帰宅するときには玄関の前で待っててもらわなくてはなりません。
シフト制の仕事だと、ヘルパーさんのシフトを組むことがとても難しいのです。
ヘルパーさんのシフト管理に苦戦
私が働いていたカスタマーサービスセンターは、翌月のシフトが毎月25日頃に出ていました。そのシフトを受け取ってから、ヘルパーさんのシフトを組むのです。
仕事のシフトとヘルパーさんのシフト、この二つがうまく調整できなければ、出勤さえできないのですが、私に準備できる時間は25日から月末まで。そして、その間も仕事は休めません。
ヘルパーセンターも管理が大変で、ミスが発生することもありました。
ダブルブッキングもあれば、起床介助に誰も来なかったり。誰も来なければ急遽電話をして派遣してもらうのですが、シフトに組まれていないので、すぐに駆けつけてもらえません。
ヘルパーさんのシフト管理のミスやトラブルによって、遅刻してしまうこともありました。
まとめ
今思えば、私がしっかりと会社に事情を話していれば良かったのだと思います。シフト制ではなく、勤務を固定してもらえば、ヘルパー派遣のミスなどは起きにくかったかもしれません。
就職活動をして何社も落ち続けていたので「雇ってくれるだけでありがたい」という気持ちが強くなってしまい、会社に自分の事情を話せない自分がいました。
「感謝」と「遠慮」は似ているようで違うのです。
障害や病気がある人は、自分の働ける無理のない時間を伝えることが大切です。そして、そういった方々を採用される企業様は「勤務時間の配慮」というポイントがあることを知っていただけると幸いです。