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ぼくがフリーランスという働き方を選んだ理由

2021.8.23

大学3年生で院進を決めたのは、結局のところ就職できる自信がなかったからだ。
モラトリアムの延長と揶揄する同級生に半笑いで応じながら、ぼくは心の中でこう思っていた。「あなたはいいよね、“日本人”で“女の子”だから」と。彼女たちの、この社会から排斥される可能性など考えたこともないお気楽さが、羨ましくて妬ましかった。

執筆:チカゼ chikaze

大学入学直後、例に漏れず飲み会の予定でスケジュール帳を真っ黒にしていたぼくは、遊ぶお金ほしさにアルバイトを始めようと決意した。

その当時住んでいた──ぼくは2年次まで関西の大学で過ごし、その後3年次編入で関東の大学に編入した──京都駅付近の、一度だけ恋人に連れられて行ったことのある小洒落た雰囲気のイタリアン。その店がアルバイトを募集しているのをWEBで知って、ぼくは迷わず応募した。


面接の日、ぼくを担当したのは店長を名乗る40代くらいの男性だった。履歴書を見ながら穏やかに話をしてくれて、ほとんど採用決定みたいな雰囲気まで出してくれていたのに。

緊急連絡先に母親の名前を書いた途端、あからさまに顔つきがさっと変わった。母親はぼくと違って、日本名を普段使用していない。だからそこに書いた母の名は、一目見ただけで「日本人」ではないとわかるものだった。

これはいったいどういうことですか、とさっきまでとは打って変わった固い声で、その男性は訊いた。背中にたらりと嫌な汗が伝うのを感じ、ぼくは白いシャツの胸元をぎゅっと握る。

「実は国籍が韓国で、ぼくは日本と韓国とロシアのミックスなんです」と、喉の奥から絞り出すようにしてなんとかそう答えた。

少しばかりの沈黙のあと、男性は「ちょっとうちでは、そういう方は雇えないんです。何かトラブルがあると困るから」と言って、面接を切り上げた。それきりその店には、二度と行かなかった。


だからこそぼくは、大学院2年目になっても就活というものを一切せず、適当に求人を見て応募した学習塾に正社員として入社した。

レディースのスーツのタイトスカートが窮屈で惨めで、結局それも1ヶ月と持たず、そのあとは浪人時代に通っていた某大学受験専門予備校で契約社員として働くことを選んだ。

契約社員といっても形態は業務委託だから、ぼくはわずか26歳にして自営業に転身したことになる。そして今も、こうして文章を書くライター・エッセイストとして、フリーランスという形で働き続けている。

会社に所属して、やっていく自信がない。だって考えてもみてほしい。

もしぼくと同じくらいのレベルの中堅国立大学を卒業して、同じくらいの成績を収めた“日本人”の“女の子”がいたとして、はたして企業は“韓国籍”──当時ぼくはまだ帰化をする前だった──の“女の子”でないぼくと、その彼女、どっちを採用するだろう。答えは火を見るよりも明らかだ。

それを再び、思い知らされたくなかった。これまでの人生で外国籍であることがどれだけこの社会において不利であるのか、骨身に沁みていたから。

あのアルバイトの面接のときのような惨めな思いを味わうのは、もう二度とごめんだった。脳裏にへばりついたあの男の困惑顔を、ぼくは生涯忘れることはできない。

だからといって、幼少期からぼくを殴り続けて早稲田大学の法学部に入らせようと、弁護士事務所の跡を継がせようとした父親にも、従いたくはない。長い間、どうやって自分の力で食い扶持を稼いで生きていくべきか、ずっとわからなかった。

将来が見えなくて不安で不安で、就職の2文字を頭に思い浮かべるだけで息が詰まった。

それでも唯一の救いは、ぼくにフリーランスの適性があったことだ。

ぼくは昔から体育祭とか合唱コンクールとか部活動とかが極端に苦手な、「心をひとつに」とか言われちゃうと「みんな別々の個体なのに、ひとつになんかなれるかよ。けっ」と思っちゃうようなひねくれたタイプで、つまるところ集団行動というものにてんで向いていない人間だったため、翻って個人で営業をかけて仕事を獲得するフリーランスという働き方は偶然にも性に合っていた。なにより、文章を書くことが好きだった。

でも、そうじゃない人はどうだろう。

組織の中でしかやり遂げられない物事というのは、確実に存在する。心からそれをやってみたいと夢に抱いているのに、自分の力ではどうにもならない生まれのせいでそれが阻まれてしまうのなら。それは間違いなく差別であり、排斥であり、一個人の権利の侵害である。

ぼくは幸運だった。一人で働くことを苦に思わない性質だったから。今現在のパートナーであり法律婚をした夫が、それこそ企業で正社員として勤務していて、比較的安定した収入を得て生活を支えてくれているから。

なによりぼく自身、こうして文章を書くことを愛しているから。だからこそ、そうじゃない人のやりきれなさに思いを馳せずにはいられないのだ。


かつてのぼくのように、マイノリティに属しているがゆえにどうやって将来飯を食っていったらいいかわからなくなっている人たちに対し、「フリーランスっていう働き方もあるよ」と示したい。

それもまごうことなき本心なのだけど。本音を言うなら、マイノリティだろうがそうじゃなかろうが、偏見に怯えることなく自由に職業を選べる日が来てほしい。

そう願うだけじゃいられないから、ぼくはこうして筆を執る。

1992年生まれ。ライター・エッセイスト。修士(学術)、専攻はジェンダー論。ノンバイナリー/バイセクシュアル・日韓露ミックス・教育虐待サバイバーのトリプルマイノリティ。法律婚をしたシス男性のパートナーと2人暮らし。永遠の憧れはジルベール・コクトー。珈琲とヘッセと猫が好き。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。

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