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障害のせいでコミュニケーションが苦手、と言い切るのはもったいない。

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2021.10.17

「発達障害の人はコミュニケーションが苦手」と聞いたことはありますか。当事者である私自身も、苦手意識はあるものです。しかし「障害のせいで苦手」と決めつけてしまうと、そこから先、何も始まらないとも思うのです。障害がなくても、コミュニケーションが苦手な人もいるわけですし。「コミュニケーションが苦手」を分解して考えてみると、あれ?上手になるかもしれない?と考えられるようになりました。

執筆:森本 しおり Morimoto Shiori

「発達障害の人はコミュニケーションが苦手」と聞いたことがあります。

たしかに、人間関係でつまずく発達障害の人は多いように感じます。当事者である私自身もたくさん失敗して、職場を転々としてきました。自分も経験があるからこそ、ちょっと冷静でいられないテーマです。

そもそも「コミュニケーション能力」とは何でしょうか。辞書で調べると「社会生活において、他者と円滑に意思の疎通が行える能力。」※1 とありました。

「コミュニケーションが苦手」というのは、社会生活において、他者とうまく意思疎通ができなくて困っていると推測できます。

ただ、「発達障害があるから困っている」ととらえてしまうと、改善の余地が無くなってしまいます。発達障害は生まれつきの脳機能の障害なので、薬を飲んでも、何らかのトレーニングをしたとしても「発達障害が治る」ことはありません。

ここはひとつ発想を切り替えて、「他の人とうまく意思疎通ができなくて困っている」なら、改善の余地があるのではないでしょうか。



自分のことを考えるとき、「なんで私はコミュニケーションが苦手なんだろう?」と自問自答することがあります。

コミュニケーション、意思疎通…ここまで挙げてきたもののなかで、一番日常的なのは会話です。

会話はよくキャッチボールにたとえられますが、ここが苦手だということは、相手の投げたボールを受け取れていないってことなのか?それとも、相手が取りにくい変なボールばっかり投げ続けているってことなのか?

どちらも多少なりとも自覚はありますが、キャッチボール(=ここでは会話のこと)はそんなに簡単で単純なものでしょうか。

相手のグローブの真ん中を狙って取りやすいボールを投げ、相手のボールを上手に受け取ることは、野球経験者だったり、運動神経や勘のいいひとだったり(=ここではコミュニケーション強者)にしかできないと感じます。

きれいに投げてくれたボールを「上手!」って褒めること、上手く取れなくて「いやー、全然取れない!」って悔しがること、変なボールを投げて「下手だな!」ってからかいつつ笑い合うこと。キャッチボールはそういった積み重ねがあって、上手くなるものではないでしょうか。

コミュニケーションも練習しなければ上達しない。その過程では多くの失敗やしくじりもあるはず。部活動なんてめちゃくちゃ練習量多い印象ですが、コミュニケーションだってそうなのかもしれません。

毎日素振り1000回なんて聞きますが、それだけやってもレギュラーになれないかもしれないと思うと、コミュニケーションの失敗だって、回数を重ねないことには何も変わらない、とさえ思い至ってしまいます。



私は、いつも自分の興味のあることについてバーっと話し続けて、こっちが質問してもちっとも答えてくれなくて「おいおい!全然、聞いてない!」って笑いたくなる人が好きです。ジーっと窓の外を見ていて、質問をしてもあんまり答えが返ってこない人も「何を見ているんだろうなぁ」って知りたくなります。

これは、第三者から見たら、会話が成立しているとは言えないのかもしれません。私の相手は、話し続けちゃったなとか、話しかけられたことに気づかなかったなとか、「また、やってしまった…」というような気持ちかもしれません。

自分がコミュニケーションが苦手だと思っていても、相手から見れば気にしていないことなんてザラにあります。

この原稿のきっかけでもある「発達障害の人はコミュニケーションが苦手」は「コミュニケーションは、自分ひとりでするものではない」という視点が抜け落ちているのではないでしょうか。

コミュニケーションは他の人と一緒に作って、相互作用で成り立っていくものであり、自分だけで決まるものではありません。自分が変わっていく可能性を否定するだけでなく、関わる前から他者の可能性まで決めつけてしまっています。ありとあらゆる可能性を締め出してしまう考えだからもったいない、と思うのです。

私たちは他者との間で、いろいろなものを交換しています。言葉だけでなく、行動や、しぐさや表情。また、自分にとってのコンプレックスが他の人の目から見たら魅力になっていたり、本人が気づいていないような良さに焦点をあてたり。何かをもらったり、渡したり、交換していく中でちょっとずつ、信頼関係を育てていくのです。

単純に「発達障害の人はコミュニケーションが苦手」と言ってしまうのは、相手からの関わりを絶ってしまうような危険性をはらんでいます。



どんな形を選ぶとしても、人は社会の中で生きていくことになります。コミュニケーションが苦手だとしても、人との関わりを断って生きることはなかなかできません。

今回は「会話」を中心に書きましたが、チャットやSNSなど「テキスト」でのコミュニケーションのスタイルもあります。これも得手不得手あるでしょうし、練習を繰り返さないことには始まりません。自分の思い込みで他者の関わりを断つことももったいないことです。

もしかすると自分が気づいていないだけで「人と関わろうとする姿勢を見てくれる人」は誰の周りにも一人はいるはずです。その一人と仲良くなれれば、そこから自分に合ったコミュニケーションの形が見つかるはずです。万人受けしようとしないことも大事かもしれません。

1988年生まれ。「何事も一生懸命」なADHD当事者ライター。
就職後1年でパニック障害を発症し、退職。27歳のときに「大人の発達障害」当事者であることが判明。以降、自分とうまく付き合うコツをつかんでいる。プラスハンディキャップなど各種メディアへ寄稿中。

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