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麻痺の症状や、生活する上でのお困りごとは、千差万別。

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2022.3.8

心筋梗塞で倒れて手術をした結果、残ってしまった左半身麻痺の後遺症。左の肩から下は全く動かず、足も麻痺があるため歩行はままなりません。麻痺があるとどんなことができなくなるのか、どのように工夫をしているのか書いてみました。

執筆:市川 潤一

私は20年以上広告業界で働いていましたが、ある日心筋梗塞を発症して倒れて救急搬送されました。手術の結果、一命は取り留めたものの、後遺症として左半身麻痺のある身体障害者になりました。

今回は、左半身が麻痺して、どのようなことができなくなったのか、どのような工夫をしているのか、などということを書いていきたいと思います。

ただ、注意していただきたいのは、麻痺と言ってもどの部分をどの程度動かすことができるのかは人によってちがうということです。その人によって、不便の具合も違ってくるので、一概に左麻痺になるとこうだと言い切れるものでもありません。今回はあくまでも私のお話をさせていただきます。


身体障害者手帳の等級は1級から7級まであります。1級に近づくほど障害の程度は重く、7級に近づくほど軽くなります。

私は、左上肢(肩から指先までの腕の部分)の障害等級は2級、肩から下はまったく動かない全廃という状態です。さらに左下肢(足の部分)は著しい障害ということで4級を与えられています。

左腕が動かなくなって、まず困ったのは、自分でご飯が食べられないということでした。私はお箸やスプーンなどは左ききだったのです。

入院中の病院の医師や看護師をはじめ、よく私のことを知らない人には、「右手が使えるだけ助かったね。」とよく言われたものですが、心の中では「そうでもねぇぞ。飯がきれいに食えんのやが。」と思っていました。

ペンは右ききだったので文字を書くことはできますが、プリントを左手で押さえられず紙が動いてしまうので、書きにくくてたまりません。今は筆記用の滑り止めシートなども大手通販サイトなどで販売しているので、それを使ったり、文鎮代わりの重りを置いて書いています。

足が麻痺して困るのは、きっとみなさんも想像しやすいと思いますが、歩行が普通にできなくなります。内反尖足という足の裏が内側を向く症状が出て、足の側面で地面に足をつく(外側接地)ようになるので、足の形も歩き方も悪くなって、変形していきます。

それを矯正するために短下肢装具を着け、杖を使って、歩行をしなければならなくなるので、健常時よりも歩行のスピードが格段に遅くなります。知り合いなどと外出をすると、その付き添う人の歩行スピードに合わせることができず、自分が情けなくなって、申し訳ない気分になってきます。

また、装具を着けている影響で、好きな靴が履けなくなり、装具に合わせて大きい靴を選ぶと、まともな方の足はぶかぶかすぎて、かえって危ないこともあります。

どうしても好きな靴を履きたい場合は、足の甲部分を切ってマジックテープ仕様にして履くこともできなくはありませんが、高価な靴にそんな改造をするのはためらわれてしまいます。私は病気前はけっこう靴道楽もしていたのですが、その当時の靴はスニーカーも含めて、ほとんど履けなくなってしまいました。

また、常時左腕はだらんと下に落ちている状態なので、肩の関節が外れてしまい、亜脱臼を起こしてしまうおそれもあります。骨折したときに腕を首からぶら下げるようなアームスリングなどで対処することはできますが、亜脱臼による鈍痛にはもう何年も悩まされています。

左腕が動かなくなってしまったことで、病前にしていた広告の仕事に復帰しづらくなりました。キーボードのタイピングが両手でできなくなったり、左手を使って同時押しをすることができなくなったのです。

現在、キーボードの同時押しは、10円玉を20枚ほど重ねてビニールテープなどで固定することで重りをいくつか作り、それをキーに乗せて押すようにしています。「このキーだけは押さえるのをやめたい」などの微妙なキータッチができなくなるので、仕事のスピードとしては遅くなります。

特にデザイン業務などでは、「この腕とキー操作の方法ではプロとしてお金をとるのは無理だな。」と痛感しました。

カメラマンとしての業務も、左手でレンズの下を支え、ズームすることもできなくなったので、諦めることになりました。

最初に入院していた急性期病院で短下肢装具を作ったときに、装具屋さんから職業を聞かれて「カメラマンなどもしていました。」と言ったら、「以前、脳出血で後遺症のある記者さんに、カメラが構えられる義手を作ったことがある。」と教えてもらいました。「詳しい話を聞いておけばよかった。」と、転院してから後悔しました。


このように、半身麻痺になると、生活をしていく上で様々な制約を受けます。

衣食住においてはかなりの制約を受けることも多いです。私は杖を使用している影響で片手に荷物を持って歩けないので、買い物はほとんど、ネット通販を利用しています。料理も片手では難しいので、食事の用意も家族に任せきりです。

食事だけでなく掃除や洗濯も家族頼みです。お風呂も家でシャワーを浴びているときに、内反尖足の影響で足を滑らせ転倒したことがあるので、ケアマネージャーさんから家でのシャワーや入浴は禁止され、デイサービスで週2回だけの入浴になってしまいました。

片麻痺はその人によって、不便の具合も違ってくるので、一概に左麻痺になるとこうだと言い切れるものでもないのです。そして往々にして、退院して日常生活をしていくにつれて、不便の具合に気づくことが多いのも、この症状の悩ましい部分です。

1975年生まれ。長崎県佐世保市出身・在住。愛媛県でライター・編集者・カメラマンなどとして活動していたときに脳梗塞になり、左半身麻痺の身体障害者となる。取材活動ができなくなり、ライターを廃業。障害者雇用の在宅ワーカーとなり現在に至る。障害者の仕事の仕方や見つけ方など自分の経験を紹介していきたいと思います。

このライターが描いた記事

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