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メイクも髪色も私らしく「障害者らしくない障害者」で生きていきたい

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2022.5.16

「障害者」と聞くと、あなたはどのような人を思い浮かべるだろう。

車いすの人や片手が不自由な人、知的な障害を持つ人など、おそらく、様々な障害者像が頭に浮かぶことだろう。

けれど、もし、自分の中で描く「障害者像」に当てはまらない人に出会ったら、どう思い、どう接するだろうか。

執筆:古川 諭香 Yuka Furukawa

「障害者らしくない」を理由に受けた差別

つけまつげを上下ともに盛るギャルメイクや縮毛矯正が大ブーム。私が高校生活を送っていたのは、そんな時代だった。

通っていた高校は校則がそれほど厳しくなく、メイクや髪型は比較的、自由。もとからおしゃれが好きだったこともあり、私もトレンドにならって、濃いめのアイシャドウやつけまつげをし、スカートを短く折り曲げ、「女子高生」であることを謳歌していた。

けれど、高校の体育教師は、そんな私の姿に嫌悪感を覚えたよう。その頃、私は単心室症の最終的な治療法だと言われている「フォンタン手術」を受けたことによって、日常生活が普通にできるようになっていたが、主治医からの指示で、相変わらず体育の授業は休んでいた。

けれど、日常生活が普通にできるがゆえに、術後の小学校時代からずっと、体育教師からの評価はよくなく、授業への不参加が「サボり」として捉えられてしまうようになっていた。

高校の体育教師も、そう思ったようだ。ある日、体育の時間に私に告げてきた。「ねえ、本当に運動できないの?いつもキャバ嬢みたいなメイクしとるけど、夜の仕事でもしとるの?(笑)一体どんな育ち方をしたのか、親の顔が見てみたいわ。」と。

それを機に、体育教師は頻繁に、「本当に授業出れんの?」や「このくらいの運動ならできるやろ。参加しなさい」などと言うようになった。そして、無理だと伝える度に、合同で体育の授業を行っている他クラスの子に「あの子、よくわからんわ。本当は仮病なんやないの?(笑)」と笑いながら言うようになった。

その体育教師は、メイクが濃い学生に嫌悪感を抱いていたわけではない。なぜなら、私と同じようなギャルメイクをしている健常者とはフレンドリーな関係を築き、「そのメイク、かわいいやん。先生もやろうかな」と言っていたからだ。

そして、障害者への理解が全くなかったわけでない。偶然同じクラスにいた、私と全く同じ病気を持つ、あまり化粧っけのない子には「授業に出れんの辛いよね。見学中も、しんどかったら言いや」と優しい言葉をかけることがあった。

私に攻撃の矛先が向いたのは、おそらく、その体育教師にとって私の姿が、自分の頭に浮かぶ「障害者像」と、かけ離れていたからだ。だから、障害を持っていることを疑ったり、「これくらいならできるはず」と勝手な判断をし始めたりしたのだと思う。

やがて、体育教師は私のクラスで保健の授業も受け持つようになった。すると、授業中、私だけ何度も当てられ、答えられないと、その場で授業が終わるまで立たされるようになった。

今振り返っても、あれは教育という言葉で包んだ「差別」だったと思う。

“私”を楽しむ障害者が増えてほしい

好きなメイクや服装、髪色などを楽しんでいると、今でも時折、「障害者らしくない」「障害者に見えない」という言葉を向けられることがある。でも、その度に私は思う。逆に、「障害者らしい」ってどんな姿なのか、と。

障害者は「障害者」である前に、ひとりの人間だ。好きなものもあるし、したいおしゃれだってある。なりたい自分像だってあるし、できる限り人生を楽しみたいとも思っているはずだ。

例えば、私は心臓に菌が入る恐れがあるため、ピアスをあけることは主治医から禁止されており、ネイルは酸素飽和度を図る時に妨げとなるので、できない。けれど、そういう、どうしようもない制限がある中でも、自分のできる範囲でおしゃれを楽しむのが好きだ。

好きな格好をしていると、心が明るくなり、ああ、自分らしく生きられてるなと満たされる。

世間一般が思う障害者像と、私たち障害者の間には大きなギャップがあるように思う。例えば、ドキュメンタリー番組やチャリティー番組などでは障害者の“障害”の面だけが大きくピックアップされている。

けれど、私のように、世間一般が描く「障害者像」に当てはまらない人だって多くいる。だから、そうした人と出会ったら、見た目で障害の重さ・軽さを判断せず、話を聞いて、その人の本質を理解してあげてほしい。

障害者として生まれたとしても、“自分”として人生を楽しみたいという想いを踏みにじる権利は、誰にもないのだから。

そして、現在、障害を障壁に感じ、「自分らしく生きること」に消極的になってしまっている人には、こう伝えたい。好きなことを好きなように楽しむ生きる権利は、あなたにもあるんだよと。

障害があると、たしかに制限がわずらわしく思えたり、できないことやできなくなったことに対して歯がゆさを感じたりすることがある。けれど、制限があっても、できることやしたいことを貪欲に楽しんでみたら、もっと生きたいと思える人生がいつの間にか築けているかもしれない。

“障害者らしく”ではなく、自分らしく人生を謳歌する。そんな障害者が増えていき、障害者に対して向けられる視線が変わっていくことを願う。

猫の下僕のフリーライター。愛玩動物飼養管理士などの資格を活かしながら大手出版社が運営するウェブメディアにて猫に関する記事を執筆。共著作は『バズにゃん』。書籍レビューや生きづらさに関する記事も執筆しており、自身も生きづらさを感じてきたからこそ、知人と「合同会社Break Room」を設立。生きづらさを抱える人の支援を行っている。

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