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病気や障害と向き合って10年が経過しました

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2022.11.8

振り返れば、ここ10年くらいは障害や病気と向き合うことばかりしてきた。おかげさまで、今は同年代と比べても健康状態はよい方だと思う。一方で少し苦々しくもある。後悔はしていないけれど、こんなに長くかかるとは予想していなかった。

執筆:森本 しおり Morimoto Shiori

振り返れば、ここ10年くらいは障害や病気と向き合うことばかりしてきた。25歳のときにパニック障害で会社を辞めてから「病気を治すこと」を目標に、28歳で発達障害と診断されてからは、そこに障害受容が加わった。

おかげさまで、今はパニック障害の症状が出ることはほとんどない。同年代と比べても健康状態はよい方だと思う。本当にありがたい。

一方で「障害や病気ばかりと向き合ってきた10年間だったなぁ…」というのは少し苦々しくもある。後悔はしていないけれど、こんなに長くかかるとは予想していなかった。


25歳のときに、パニック障害が原因で会社を辞めた。転職活動をすると調子が悪くなってしまうので、半年くらいは無職だった。

そこから私は少しずつ高校や大学時代の友人の集まりに顔を出さなくなっていった。再就職してからも、しばらく仕事が長続きしなかった。28歳のとき、発達障害と診断されてから、さらに色々な人と距離を置いた。

次に実家を出て家族と連絡をとらなくなった。SNSのアカウントを全部消して、アドレス帳を削除した。連絡先を残した友人は一人だけだった。

「なぜ、そんなことをしたの?」と聞かれて答えるのはむずかしい。

当時、自分の中でよく思い浮かべていたイメージは、冬山で遭難しそうな人だった。寒い中でいると、まず手や足の指先が凍傷になると聞いたことがある。限られたエネルギーを節約するために、生きていく上で優先順位の低いところに血流を回さなくする。

自分が生きていくこと以外に気を回す余裕がない。言い訳がましいけれど、そんな感じだった。

そこから時間をかけて、ジワジワと回復してきた。内省の時間を長くとり、本を読んで、人と話して。自分の抱えている問題を解決するために、自分の中に深く潜るようなイメージだ。

その間も仕事はしていたし、一人暮らしもしているので、現実の生活を回す必要はあった。ただ、現実を維持するためのエネルギーは必要最低限に抑えて、目に見えないものばかりを追いかけてきた。

今ではパニック障害の症状はほとんど出なくなり、発達障害に対する感情的なしこりもあまりない。仕事も今のところ長続きしている。浮き沈みや変化はあっても、大きく崩れてしまうことは無くなってきた。

ようやく落ち着いてきて、少しずつ家族や友人との関わりも再開してきた。遅くなってしまったけれど、これまで急に距離を置いてしまったことの謝罪を伝えて、今はどんな風に過ごしているのかの話を聞いてきた。

先日、唯一連絡先を消さなかった友人と久しぶりに会った。彼女はいつの間にか転職して、子どもを産んでいた。ぴかぴかの赤ちゃんを腕に抱き、カフェでお茶をしながらもちょくちょくトイレにおむつ交換に行ったり、お菓子をあげたりと世話で忙しそうだった。

弟は数年前に結婚している。私立の学校で教員をしている弟は今年初めて学年主任になり、順調に出世しているらしい。昨年には家を買い、今年に入ってから新しく猫を飼い始めた。

他の人たちの話を聞いていると、まるで浦島太郎にでもなった気分だった。玉手箱を開けたらボワン!と煙につつまれて、いつの間にか年をとってしまったような感覚。

私がひたすら自分の内面と向き合い、目に見えない課題に取り組んでいた間、同年代の人たちは現実の中で着々と歩みを進めていたのだ。「こんなに長い年月が過ぎてしまったのか…!」と愕然としてしまった。


誰でも一日は24時間しかない。人が使える時間やエネルギーやお金は有限だ。私はこの10年間、自分の使える時間をひたすら病気の回復や障害の受容に費やしてきた。当時の私には他の選択肢がなかったと思う。

生きることで精いっぱいなときはそれどころじゃなかったけれど、今になって「ずいぶんと長い時間がかかってしまったし、これまで色々な人たちに迷惑をかけてしまったな」と思う。

事情をよく知る人は「よくここまで自分を守ってきた。壊れずに生きてくれた。」と言ってくれたけれど、今の私は「これでよかった」と言い切ることは躊躇してしまう。その代償の大きさに圧倒されている。

立ち止まってみたら、周りが急に様変わりしているように感じた。変わったのは周りか、それとも自分か。その両方なのかはよくわからない。

さて、これからどうやって過ごそうか。

ここから先は、できれば自分の悩みで手一杯になるのではなく、時間の一部を他の人たちのために使っていきたい。他の人たちは何を必要としているのか。私にできることは何だろう。

1988年生まれ。「何事も一生懸命」なADHD当事者ライター。
就職後1年でパニック障害を発症し、退職。27歳のときに「大人の発達障害」当事者であることが判明。以降、自分とうまく付き合うコツをつかんでいる。プラスハンディキャップなど各種メディアへ寄稿中。

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