PARA CHANNEL Cage

聴覚障がい者×マスク社会の現実

【手話者】として生きる私の困りごと

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2021.9.21

わたしは、コーヒーと本(とりわけ、『妻のトリセツ』で著名なエッセイストの黒川伊保子さん)を愛するろう者である。

ある人との出会いのおかげで、【手話者】という前向きなアイデンティティを手にした。【手話者】とは、ハッキリした定義はないが、手話を少しでも話せる人、手話が好きである人ということを指す。

ある人とは、その人の立場も考慮して具体的に言えないのだが、仕事で知り合った恩人だ。

執筆:中川 夜 Yoru Nakagawa

「聴こえない」マイナス思考から救ってくれた恩人

はじめて、恩人と出会ったとき、どこでもいるような平凡な人だなという印象だった。

それまでに一緒に仕事をした他の先輩は、私との意志疎通がうまく行かず何か起きてしまったとき、「それはあなたの伝え方が悪いからだ」と暗に聴こえないことを責め、一方的に叱責するような人が多かった。

でも、恩人は違っていた。「どうしてきみはこんな行動をしたの?」と事情と理由を聞いて、起きたことの背景を知ろうとしてくれた。それが他の人と違うところだった。

それなのに、その頃の私は、元々の根深いマイナス思考から、恩人からも「否定された!」と怖がり、しどろもどろになってしまっていた。

そんな私を見て、恩人は困ったような顔をした。怒るのではなく。

何度か同じことを繰り返すうちに、「あれ?私を否定しているわけじゃないんだ」と段々わかってきた。私が説明すれば、きちんと向き合って、理解しようとしてくれた。

【手話者】というアイデンティティを手に入れた

恩人は自分のことを【手話者】と言っていた。

手話を用いて、意思を伝達することに喜びを感じる人であった。手話が堪能でボキャブラリーも豊富だった。いつしか、その言語に惹かれた。

聴覚障がい者は誰もが手話を習得しているわけではない。中には仕方なく覚えた、という人もいる。私もその中の一人だった。

しかし、恩人は「手話が好きでたまらない」から手と腕を駆使し、表情を豊かに、文法に則って抑揚をつけ臨場感たっぷりに自分の意思を伝える。そんな風に、手話を前向きに捉えているのが新鮮だった。

そんな恩人を見ているうちに、少しでも聴者に近付けようと「聴こえている」ように見せる努力を続けていた、今までの自分を少し恥ずかしく思った。

20年以上悩んで「ろう者」として生きていくと決めた

「聴覚障がい者」の中でも、「ろう」or「重度難聴」どちらを選ぶか?

即ち、
「ろう」=“音のない世界”を選び切るか、
「重度難聴」=聴者らしく振る舞うことで「ほんのすこししか得られない」”音のある世界“をまだ希求するか。

どちらを選ぶかという葛藤が、約20年半ずっとあった。そして、今年30歳になって、自分はこれだなという確信を持った。

私は、完全に音を捨てて「ろう者」として生きていくと決めた。

等身大の自分や身体能力(聴力)の限界を受け入れたこと、恩人との出会いをきっかけに、言葉や信頼や経験をたくさんいただいたこと、すべてが連鎖し、つながって、決断することができた。

とくに、自分自身で【手話者】と言えるアイデンティティを手に入れたことは大きかった。

ここに至るまで、葛藤もたくさんあった。けれども、選んだ後は正直生きやすくなっている。それは、【手話者】として、コミュニケーションを取ることができるからかもしれない。

コミュニケーションの欠乏しやすい聴覚障がい者は孤独感を覚えやすい。孤独感は生きづらさに繋がる。それについては、また別の機会に、もっと詳しくコラムで語りたいと思う。

聴覚障がい者がコロナ禍で困ってること

コロナ禍をきっかけにして、人々の生活の様相は変わった。なかでも目立つのは、不織布等のマスク着用の人々の姿である。

そして、マスクの着用によって、聴覚障がい者の会話はどうなったかというと…手話を用いたとしても、マスクをつけたままの会話というのは非常に難しい。

マスクつけたまま、話すこともある程度は可能ではあるが、細かい情報となると、見逃してしまい、理解しにくい。

希望の光!透明マスクの発見

そんなマスク社会における聴覚障がい者のコミュニケーションを助ける手がかりとなるのが、透明マスクである。

これは画期的なアイディアである。口元が見えることで、意思の疎通が劇的にスムーズになる。

人として、コミュニケーションを取り合いながら共生していく。そんな当たり前のことが脅かされているコロナ渦で、この透明マスクは、聴覚障がい者にとって希望の光とも言えるだろう。

次回以降のコラムでは、コミュニケーションが難しい聴覚障がい者の孤独や、透明マスクの実用性などについても書いていこうと思う。

生まれつき、耳が聴こえない。
が、大人達から「聴者」のように接され、中学生から不登校に。
人間関係が原因で、20代前半に幻聴がきこえ、病院で統合失調症と判断される。リハビリ後、一般就労先で「これまで原因は貴方にあったのではなく背景に外的要因があったから」という会話らとの出会いをきっかけに、深い心理的安全を得る。その経験を元にコラムを書くことに至った。

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