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女性から“女性”としてパワハラを受けたこと、そこから見えた”女性”への呪い

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2021.10.11

人種的にも性的にも、あらゆる側面においてマイノリティであるぼくは、就活というものからとことん逃げた。

逃げて逃げて逃げて大学院修了後、年明けも正規雇用で講師を募集している学習塾に滑り込みで採用が決まったのだけれど。

ぼくは入社後わずか1ヶ月で、退職届を提出することになった。原因は、直属の上司からの執拗な嫌がらせである。

執筆:チカゼ

黒髪のストレートヘアを腰まで伸ばした小柄で可愛らしい印象の彼女は、1つ年上の26歳という若さでありながら、ぼくの配属された校舎の室長を担っていた。

当時すでにぼくは現在の夫と婚約中であったため、そのことを面接の際に彼女に伝えていたのだけど、それが彼女の気に障ったらしい。ぼくとしては言うまでもなく単なる連絡事項に過ぎなかったので、まさかそんなふうに受け取られるとは思いもしていなかった。

研修が終わり実際に授業が始まると、ぼくは受け持ちのうちのひとつのクラスの生徒とトラブルになった。

理由は意思疎通の齟齬で、彼に対してぼくは授業態度を注意したのだが、彼はそれを「人格の否定」と受け取ってしまったのだ。ぼくのいないところで、彼は泣いていたらしい。

そのことに関しては、今でもかなり後悔している。未熟すぎたし余裕もなかったし、非は完全にぼくにあった。上司はその「事件」に関して、終業後にぼくを個室に呼び出して叱責した。それ自体はもちろん、当たり前のことだ。でも。

「女性なんですから、もう少し柔らかい言い方を心がけてください」

そう言われたとき、たぶんぼくは鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をしていたと思う。

「いつも睨んでいるみたいで怖いって苦情も、他の生徒から入っています。そんなんじゃ未来の旦那さんにも、愛想尽かされちゃいますよ」

これを書いている今も、ありありと彼女の表情や声が脳裏に蘇って、胸が軋む。

まず顔つきについてだけど、ぼくはかなりのツリ目だから普段から怒っていると勘違いされることがままある。この特徴は、教壇に立つぼくを机に座って下から見上げる生徒に対して、特に悪い方へ働いてしまう。学生時代に塾講バイトをしていたときも、「先生、目力が強すぎて怖い」とよく生徒から指摘されていた。

顔の造形そのものを、真正面から否定された気分だった。もとよりツリ目がとてもコンプレックスだったので、この指摘はかなり辛かった。でもそのコンプレックスをやわらげてくれたのは、他でもない「未来の旦那さん」なのだ。

夫は真剣に美容整形外科をスマホで調べるぼくに、「でも君の目は猫みたいで可愛いよ」と繰り返し言い聞かせた。その言葉はぼくの心を、大袈裟でなく掬い上げてくれたのだ。

ぼくの恋人はこの目を可愛いと言ってくれるし、ぼくに「女性らしい柔らかさ」なんていう馬鹿げた要素を求めるような薄っぺらい人でもない。そう言ってやりたかった。言ってやればよかった。

また、彼女は入社当初から何かにつけて、ぼくの結婚の件を突っついてきた。ぼくはそれほど親しくない人に自分の内面を打ち明けることが極度に苦手だから、これはとても苦痛だった。

それでも「コミュニケーションを取ろうとしてくれているのかな」「恋バナの延長みたいなものかな」とできるだけプラスに受け取ろうと努めた。

しかし違和感は拭えず、毎日もやもやとしたものを胸に抱えて続けていた。2人きりになるたびに、張り合うみたいに訊いてもいない彼氏だかセフレだかとのセックスの話を自慢げにされること。

「もっと生徒に自分のこと話してみたらどうですか? 未来の旦那さんのこととか!そういう話が好きな年ごろですし、チカゼさんみたいな人でも結婚できるって希望にもなりますよ!」などとごくごくプライベートな話を(たとえ生徒とはいえ)よく知りもしない他人の前で話せと勧めたり、アドバイスに棘を織り交ぜられること。

「女性ならではの細やかさを発揮してくれると期待していたのに。正直、がっかりしましたし、失望しました」彼女はため息をつき、「チカゼさんが、自分を変えていかなければいけません」という言葉で数時間にも渡る説教を締めた。

解放されたのは、日付がとっくに変わったころだった。「わあ、長くなっちゃった。お時間、大丈夫ですか?」と無邪気に訊かれ、ぼくは仕返しとばかりに「明日、婚約者とうちの両親の顔合わせなんでやばいっすね」と当てこすりを吐き捨ててタクシーを拾った。

それがゴールデンウィークに入る前日の出来事で、連休明けの初日の朝、ぼくの体は動かなくなっていた。当時良くなりかけていたうつの症状が、見事にぶり返してしまったのだ。そのままぼくは、退職届を郵送で提出した。

彼女が執拗に押し付けてきた「女性らしさ」は今振り返ってみると、彼女自身が押し付けられてきたものだったんじゃないかと思えてならない。

若くして出世した彼女に求められたのが「女性ならではの〇〇」で、それを内面化しなければ昇進はできなかったのかもしれない。だからこそ、結婚が決まった同世代の“女性”である(ように見えた)ぼくにあれほど強く当たったんじゃないかという気がする。

もちろん彼女がぼくに対して行ったことは、間違いなくパワハラでありセクハラだ。立場上弱い者への執拗な嫌がらせを容認する気は、さらさらない。

「やっぱり“女性”ではない自分が正社員として働くなんて、最初から無理だったんだ」と自信を喪失したし、今でもトラウマだ。でも、そうせざるを得ないほど彼女を追い詰めた背景に思いを馳せると、ぼくは遣る瀬なくなる。

歪んだ価値観を押し付けられ、内面化しないと自己肯定ができないまでに追い込まれ、その捌け口がたまたまぼくだった。つまるところぼくは、悪意の連鎖の最終地点だったのだ。

性役割は、悪しき呪いだ。彼女を庇う気は一切ないけど、彼女もまた呪いの被害者だったことも事実なのだ。

どうか1日でも早く、すべてのひとがこの呪いから解放されてほしい。そうしないときっと、また彼女のようなひとや、あるいはぼくのようなひとを産んでしまう。

そしてこの呪いは、社会に生きるすべてのひとが意識的に努力しなければ解き放つことはできない。その責任が、ひとりひとりの肩にずっしりと乗っかっている。ぼく自身も、社会の一員として、物書きとして、呪いを解く努力をし続けていきたい。

Text by
チカゼ twitter note

1992年生まれ。ライター・エッセイスト。修士(学術)、専攻はジェンダー論。ノンバイナリー/バイセクシュアル・日韓露ミックス・教育虐待サバイバーのトリプルマイノリティ。法律婚をしたシス男性のパートナーと2人暮らし。永遠の憧れはジルベール・コクトー。珈琲とヘッセと猫が好き。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。

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